東京第9へ・卒業式の「痕跡」? | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【3月21日・水曜日】「阿佐がケ谷朝鮮学校サランの会」の月例会に参加するために、東京チェーグー(東京朝鮮第9初級学校)へ。
学校への道すがら、何人もの児童とすれ違う。
「アンニョンヒ、チョシムヘソカラ」、気をつけてと、声をかけると、
大きな声で「アンニョンハシムニカ」と戻ってくる。
クラブ活動でもしていたのであろう、6時半を過ぎていた。
 
校舎に入ると、左側に「第67回卒業式」の看板が立てかけてあった。
東京のウリハッキョの卒業式は、3日前の日曜日に一斉に催された。
壁には「卒業祝賀!」の文字の下に卒業生の写真が貼り出されていた。
その周りを花びらちらが取り囲んであったが、そこには全校生からメッセージが記されていた。
「遊んでくれてありがとう」、「いつも手を差し伸べてくれてありがとう」、
「さびしいです」、「卒業しても遊びに来てください」、
「中学生になっても、ウリマルの勉強、励んでください」、
「勉強にもスポーツにも長けていたオッパ、オンニのような6年生になります」
感謝あり、激励あり、決意ありと様々だ。1年生もウリマルでだ。
中には、「私たちもカッコよく、逞しい最高学年になるので、安心して卒業してください」との「追いだし型」? ともいえる文面もあり、思わずほくそ笑んでしまった。 イメージ 1
 
正面の壁面にも、卒業式の「痕跡」だ。
入学から卒業までの写真が学年順に貼られていた。
「愛くるしい1年生」、「活発な2年生」、「低学年の長-3年生」、
4年生の写真には「ピカピカの少年団員」、5年生には「伸び伸び育つ」、
6年生には「逞しい」と。タイトル通りの児童の姿がそこにあった。
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その隣には、各地のウリハッキョから送られてきた祝電が並んでおり、
卒業式のひと時を思い浮かべることができた。
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この日、11回目の定例会で、サランの会を代表して卒業式に参加した三木さんの報告も、
心のこもったものだった。
 ……
 少し早く着いたので、隣の公園にいると、卒業公演の練習であろう、爽やかな歌声が聞こえてきた。
 餅つき大会の時、臼の中のお餅を上手に返していた、お父さんも子どもが卒業するとのことだった。
 申さんのうす紫色のチョゴリもきれいだった。申さんもです。 初孫の娘さんが卒業です。
 校長先生の報告があり、在校生男女による贈る言葉、男子児童が号泣していた。
 担任の先生も、変な間で卒業生の名前を読み上げていた。泣くのをこらえているようだった。
 卒業証書の伝達があり、地域からメッセージが読み上げられ、歌と合奏による卒業公演とつづいた。
 学芸会のときとは違った良さがあった。 
 そして、謝恩会。教務主任があんなに涙もろいとは…ハンカチで涙を拭きながら、写真を撮っていた。
 アットホームな雰囲気の中で、時は流れていた。
 ……
定例会では、3月1日に行われた「高校無償化」即時適用を求める文科省周辺での要請活動と、
代々木公園での抗議集会とデモについて報告され、4月に予定されている第二回総会と「まとう」の上映会への取り組みについて話し合われた。 
帰りがけに講堂をのぞくと、「修了式」の看板がかかっていた。
週末の土曜日は修了式、4月1日は、再び「愛くるしい」1年生を迎える。
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チョゴリがきれいだったと言われ、いつもにもまして笑顔が輝いていた申さんは職員室の明かりを見ながら、
「朝鮮学校の先生になると言っていた孫娘が、この頃は歌舞団に入りたいと言い出した」と一言。「先生は遅くまで残って仕事をするのがいやなようだ」とも。
東京チェーグーでは、3月初めに金剛山歌舞団によるミニコンサートが催された。
公演後、音楽部と舞踊部員は歌劇団の方から直接、歌と踊りの指導をしてもらい、
有意義なひとときを過ごすことができました」(ブログ・サランヘヨ! ウリハッキョ東京第九)という。
申さんのお孫さんは、このときの歌舞団の姿に魅了されたのではないかと思う。ik