11月のいつもの東京チェーサムへの「初登校」は、「文化の日」の翌日の4日、この日は写生会でした。
校門に差し掛かると、「シォツ、チャリョツ」の号令が聞こえます。慌てて校門に駆け込むと、金校長は「滑り込みセーフです。今から出発です」。校庭を出ようとする児童の視線を浴び、一瞬たじろぎました。
4年生を先頭に次々と出発します。

6年生は1年生の児童と手をつないで歩きだしました。画材を車に積み込んでいた5年生が最後尾です。6年生の女子児童に手をつながれた、一年生の男子児童は、何となく楽しそうです。
お姉さんを意味する「ヌナ」と呼ぶ時も「ヌウナー」と、甘えているように聞こえます。「ヌウナー、ぼくの大好物はキュウリ…」だとか、マンガのキャラクターの話をしている児童もいます。6年生のヌナも、トンセン(弟)たちの話をのぞきこむようにして応じたり、車が来るとかばったりしていました。
落語の「じゅげむ」のあの長い名前を、一年生の児童にそらんじていた女子児童もました。1年生の児童はポカーンとしていました。
*「寿限無(じゅげむ)、寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)、水行末(すいぎょうまつ)、雲行末(うんぎょうまつ)、風行末(ふうぎょうまつ)食(く)う寝(ね)るところに住(す)むところ、やぶら小路(こうじ)ぶら小路、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命(ちょうきゅうめい)の長助(ちょうすけ)」*後で調べました。

目的地の都立常北中央公園まで、環状七号線を渡り、石神井川添えを歩いて40、50分の道のりでした。11月だというのに、汗ばむような陽気でした。

公園に到着すると、今度は6年生の男子児童が車で運んできた画材を駐車場まで取りに行きます。画板が入った大きな段ボールを3人の児童が重そうに運んできていました。100枚を超える画用紙も重く、階段をよろけるようにして降りて来る児童もいましたて。中には、何枚かの画板を重そうなふりをして運ぶ児童もいました。

児童たちは、美術担当の張先生に言われる通り、右手の人差し指と親指でL字をつくり、それを逆さにして左手の親指と人差し指でつくったL字とあわせて長方形の四角をつくっていました。そのなかに描きたい場所が入るよう、指導しているようです。

いつもの小さなカバンをさげた、鉢巻き姿の3年担任の成先生が、児童を見守っていました。カバンの中に、いつものように弁当は入っていないようです。昨年同様、色鉛筆セットを持ってきたと言っていましたが、「今年は描かない」と児童に宣言していました。

児童たちは一斉に散っていきます。「どこにしようか」と言いながら、ブランコに乗っていた児童に注意が飛んでいました。

1年担任の秦先生と、2年担任の高先生は、そんな児童を追い、カメラを向けていました。

有名な4年生の○人組は、この日も横一列に並んで座りこんでいました。「鉄キチ」の二人もです。ビニールシートに寝そべって「大作」に挑んでいた児童が男女共に一人ずついました。

とても、リラックスしていました。

立ったままで描き続けていた児童もいました。公園に遊びに来た2、3歳の幼児に声をかけていた女子児童もいました。別れ際に幼児は何度も振り返り、バイバイをしていました。

5年担任の夫先生は、児童に混じって、くれパスを握っていました。
私・「絵は得意ですか」
夫先生・自信ありげに「美術部の部長でしたから」。
成先生に話すと、「一人しかいなかったのでは」と噴き出していました。

4年担任の金先生は画板を首から下げ、中腰で何かを描いていました。しばらくすると移動して行きました。

のぞきこむと、児童の顔の似顔絵でした。6年担任の黄先生も似顔絵にチャレンジしていました。黄先生は、ラジカメで撮った写真を見ながら描いていました。32人全員描ききれたのでしょうか? 児童たちは「これだれ?」と聞いていましたから、それほど上手ではないようです。

張先生は、児童の画用紙をのぞきこんでは、細かい注意を与えていました。「定規を使ってはダメ」、「全体を見て…」、「落ち葉も描いて…」。
「ヒョンニム、虫、虫」といって、1年生が上級生を呼んでいました。二人は枯れ木の枝で、虫を「退治」していました。反対側の手には絵筆がしっかり握られていました。

低学年はくれパスで描き、絵具を塗って行きます。大胆です。チョウとカラスが二羽描かれていました。カラスは飛んでいませんでしたが、羽が何枚も落ちていました。

1年生の絵には、真っ赤な太陽が描かれていました。

出来上がると張先生の前に並べて点検です。木を描き、その上の空間に「하늘」(空)と書いてきた児童がいました。上下の区別がつかない絵もありました。

張先生は空白がないよう、色をしっかり塗るようくり返していました。
昼食時間が近づいたようです。あちらこちらから「ソンセンニム、昼食まだですか」の声です。
大かた描き終えた、下級生は一か所に集まって、食事をしていましたが、上級生は食事も、絵を描いていた場所でです。鉛筆でデッサンをした後、絵具で色つけする上級生は、昼食も早々と終え描き続けていました。

先生たちの絵の腕前は、おしなべて「指導要」のようです。
金教務主任に「絵心は?」と、訊ねたところ「まったく…昨年も同じ質問をされました」と、いいながらも「この場所どうです? いいでしょ。一目見て気に行ってここにしました」と。「絵心」は乏しくても、「絵を描く環境さがし」は負けないという風でした。
「美術部部長」だった夫先生が、児童の絵より一段上のベンチに置かれていました。
黄先生によると、「夫先生は、中学、高校のクラブは機械体操のはず」とのことです。
東京チェーサム出身の夫先生の3年生の担任は、今年から美術の講師をしている張先生でした。張先生によると、夫先生がチェーサムの美術部の部長だったことは間違いないようです。

後片付けをして、学校に戻りました。

金教務主任が6年生の児童と一緒に画材を駐車場に運んでいました。
帰りも歩きです。学校に着くなり、3年生の児童は「テーゲ タリ アプダ」(とても脚が痛い)と言っていました。
学校に着いてからの画材の後片付けは5年生の男子児童の担当です。張先生は玄関に運び込まれた画板を雑巾で一枚一枚ていねいに拭いていました。下級生は一斉に下校しましたが、上級生はひきつづきクラブ活動です。

天候にも恵まれ、最良の写生会日和でした。来年は、わたしもチャレンジしようと思いました。夫先生のように部長にはなれませんでしたが、私もチェーサムに通っていたころは美術部でした。ik