朝鮮学校での敬老の集い | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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9月17日・土曜日、いつもの東京チェーサム(板橋区にある東京朝鮮第三初級学校)へ。
低学年の祖父母を招いての敬老の集いを取材にだ。
東京チェーサムで、いつから「敬老の日」の行事が催されるようになったかは定かではない。
朝鮮総連で、「在日朝鮮青年の日」(成人式)と共に、
「在日朝鮮同胞敬老の日」を祝うようになったのは1987年からである。
 
11時少し前に学校に着く。
金教務主任「今日は遅刻ではありません」
2学期の始業式の日、学校に着いたら式が終わっていたからだ。
私「授業参観には間に合いませんでしたが、どうにか祝賀公演には間に合いましたね」
階段の柱には、「敬老の集い」の日程が貼られていた。
9時55分から授業参観、11時から敬老のモイム(集い)で、12時10分からは昼食となっていた。
上の赤い台紙は、「今週のウリマル」、1学期から始まった今週にマスターすべき話し言葉の課題だ。
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1階の職員室の隣の「多目的ホール」では、児童が朝鮮舞踊の講師を囲んでいた。
正面の児童と後ろ向きの児童のチョゴリが異なる、舞踊の演目は2つ?
そんなことを想像しながら、並びの給食室へ。
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すでにオモニ達が昼食の準備に取り掛かっていた。
全校生とゲストの下級生の祖父母と父母、教職員を会わせて最低でも270食、
「一日給食」の担当は例年のように4年生のオモニ達だ。
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「多目的ホール」に戻ると、ホワイトボードに「給食」の日程表がぎっしりと書かれていた。
すでに9時には役員が登校して、肉を炒め、卵をゆで、乾燥ワカメを水で戻していたようだ。
10時からはキュウリをきざみキムチを切るチームが4人、ゆでた卵をむくチームが6人、
プレゼントのソンピョン(お餅)を包むチームが4人で作業。
10時半からは、全員で盛り付け、11時40分からは盛り付けしたうどんにめんつゆ、
割りばし、デザートなどを一斉に運搬することなどが、書かれていた。
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踊り場には「アラボジ、ハルモニ(おじいさん、おばあさん)よくいらっしゃいました」のポスターと飾り付けだ。
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3階の高学年の3つの教室をつなげた「臨時講堂」、前列から席が詰まって行く。
ハラボジ、ハルモニだけではなく、デジカメやビデオを持った父母の姿も。
受付表を見ると、「イモ」とか、「コモ」とかも参加していた。母親の姉妹や、父方の叔母たちだ。
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まずは、児童から「末永く健康で」と書かれたうちわのプレゼント。
孫を離そうとしないハルモニや、うちわに書かれた孫の字に釘付になったハルポジ、
ホンワカした空気がゆっくりと流れていた。
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現代楽器と民族楽器の合奏にテコンドーの演武、合唱とプログラムは盛りだくさんだ。
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舞踊は、予想通り演目は2つだった
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在校生も楽しんでいた。
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音楽に合わせて肩たたきだ。
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そのころ、オモニ達は廊下にキムチを盛り始める。
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そのころ、合奏と舞踊などに出演した6年生は2階の音楽室で通常の授業だ。
その6年生は、3階の講堂での「敬老の集い」が終わると、
長いテーブルを運び入れたり、椅子を並べたりして、給食も一番後だった。
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つぎは音楽に合わせて、孫と一緒に両手をあげたり、さげたり…。
私の同級生のG夫婦も笑顔、笑顔だ。ときどきテンポがあっていなかった。
通学時の電車が込むと心配していたが、孫の元気な姿にそんな心配も吹き飛んだのではないか。
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そのころ、2階の低学年の教室では、高学年の給食がスタート。
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1年生の教室で給食を食べる4年生。担任の金先生がキムチを配っていた。
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最後に金校長が短めにあいさつ。
…児童たちはこの日のために一生懸命に練習をしました。プレゼント作りも一生懸命でした。
この子たちが小学校を卒業して、中学、高校と進学し、やがて社会人になる日まで、
元気に健康に気をつけて、支えてください…
そして、記念写真。まずは1年生の児童と祖父母と父母たちだ。
学年別の記念撮影の後は家族別の写真と続いた。
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児童と祖父母が一緒に昼食、孫の顔を見つめて、何人ものハラボジ、ハルモニの箸が止まっていた。
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オモニ達は後片付けで、何度も階段を上り下りしていた。
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「敬老の日」のもう一つのプレゼントの朝鮮の餅、
みんなが、この日の思い出と共に、うちわと一緒に持ち帰っていた。
一段落して、金校長と一緒に私も「一日給食」した。
「敬老の集い」がはじまる前にも、とてもいいことがあったと。
卒業生のオモニが、夫と二人の子供と一緒に学校に来て、
その場で入学願書に記入して帰って行ったというのだ。
前日に、学校を訪問したいという電話はあったようだ。
来年、入学するのは男児で、1歳の女児が校長室を走り回っていたことをうれしそうに語っていた。
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給食室では、食器を洗って、発泡スチロールの箱を拭いて…。
オモニ達の食事はその後だ。1時半を回っていた。
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何人かのハラボジとハルモニが高学年の児童を連れて帰るためだろうか、
校舎の入り口に座って孫のことでも話しているのだろう、表情は和やかだった。
校庭では、高学年の兄、姉を待っているのだろうか、アリと戯れる2年生と3年生の児童の姿があった。ik
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