<3・11大地震> 韓国YTN記者の第7信 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【こうのすけ 3月27日発】
パクサユ(朴思柔)さんから被災地仙台7日目の[コマプレス]
(サユさんの取材日記)が届きましたので、転送します。
 [コマプレス]7日目(21日・月) 交代休みの始まり・冷え込む

(こちらは、わたくし、ぱくさゆの雑なメモです。
記者としてのリポートでも記事でもありません。
ウトロや大阪のオモニ、アボジ達、お世話になってきた方々に
‘皆無事ですのでご心配なく’と伝えるのが第一目的のラブレターみたいな物です。)

昨日病院まで付き添いして下さった国語先生。
昨日からコンコン、咳をなさる。移したのか、申し訳ない。
‘今日からは、順番で休みを取るようになったので、
今日は卒業する子どもの家を回る’と、布団畳んで部屋を出る先生。
(さゆの結核疑惑を提起した東京からの支援物資と一緒にきた同胞医者先生のアドバイスもあり、
月曜日より、順番で休みを取るようになったよう)

先生に付いて子どもたちに会いに行きたかったけど、
今日は、ニュースを2つも同時進行しなきゃならない
あぁ、オモニ(校長先生の奥様)が前日下さった‘お餅入りチョコパイ’を
先生に渡したら子ども達に届けたのに!遅い後悔。
今回学校が受けた地震被害や、それを乗り越え、
再建意志に燃えてる先生やイルクンの方々の、
身を削った活動を南の方に伝えることが出来たのは、
コマプレス、東北への課題の一つだったけど、
被害地のあちらこちらを回ってる先生やイルクン達を全力追いかけたいので、
ニュースの締め切りが障害になったのも確か。

今朝のお粥は、珍しく焦げたと。
限られた素材でも毎日めちゃ~うまい馳走を食べさせて下さった料理担当のオモニ
(なんと、今年卒業した大阪闘球部のロック金ゆげんトンムのおばさん)が
やっとお休みになったので若いソンセンニム達が作ったという。
‘焦がしたんじゃありませんよ。香ばしい味付けなんです’と
明るく笑ってる若いソンセンニム達。
言われなかったら気が付かなかったし、それなりにましっそっそよ!ご馳走様。

映像送信のネット環境等を揃えられず(当たり前)、
予定より遅く生放送(電話リポート)終了。
デスクに削除され、原稿にない内容(主にウリ学校に関した情報や現場の細かい事情等)を
‘勝手に’言うことで悪名高い朴が、
デスクから削除された’炊き出し’のことをまた口に出すのを心配したデスク、
担当に2回も電話させたにも関わらず、
生放送直前、直接に電話をかけてきて‘原稿にないものは言うなよ!’と念を押す。

しかし、アナウンサー‘現地の状況もっと詳しく! 何故学校にいますか?’とか、
原稿にない内容ばかり聞いてきたので仕方なく
‘全国の同胞より支援物資が次々届く、
学校を拠点に構えられてる支援対策本部は、
一人でも多い同胞の方々に支援物資を配るために被害地を回っている’と、
先程朴の原稿からデスクが消したものを申し上げるしかない。

夕食は、支援物資のカップ麺。山積みの‘辛ラーメン’の隣に、
街の隅々まで配った後残ってるいろんな種類のカップ麺。
日本のカップラーメンってここまで種類が多かったんだ、と、
個人的な原則としてカップラーメンを食べないようにしてきたさゆ、ありがたく一つ頂く。

夕食後には、コマプレスが今年大阪朝高卒業生全員にプレゼントした
‘大阪朝高運動会DVD’の上映会。
いつも地震速報が流れたテレビ画面に、去年10月、めまいがするほど真っ青だった空の下、
大阪の一角に満ちた子ども達の笑顔、笑い声の陽気さが20分も溢れる。

海岸の街を踏み潰し、家族も、動物も、お家も、思い出も夢も、
なかったように飲み込んでしまった津波の破壊的想像力が
溢れ出してた同じ画面とはとてもとても思えない。どちらも現実感がなく、
今でも長い悪夢から目が覚めたら、と祈ってみる。
誰一人、口には出せないけど気持ちは一緒。余計に運動会の様子に集中するような皆。

運動会前夜、校門の前にずらり並んで徹夜してるアボジ達、
布団被って寝てる様子をみて‘大阪はそこまでやるの’と、驚く東北の先生達。
東京朝高や北海道出身の先生の反応みたら、
運動会前夜から場所取りのため‘ナランヒ(並ぶ)’するのは大阪だけかも。

サンヒョンやチュンヒョンが障害物をなかなか乗り越えない場面では皆大笑い。
2回の膝手術で、まだ不便だったガンテが、他のトンムらと一緒に走り、
結局はハシゴで乗り越える場面では拍手しながら大笑い。

闘球部の‘花美男(日本語ではイケメンでしょうか)’としても有名らしいサンホ(しかしサンホ本人と、
そのオモニだけがいまだに世間からのそういう評価を強く否定している)が、
三人を追い越し、決勝ゴールの前で蹴球部(サッカー)の子と肩を並んでテープを切った瞬間、
‘勝った’とつぶやく先生も。
しかし、次の瞬間、蹴球部の勝利が判明すると‘胸の差だね’と惜しいという反応。
それくらい名勝負だった去年、クラブ対抗リレー。

舞踊部が部対抗走りでTOE SHOESとスタートのまま、
一位を取るシーンや、
行進のシーンを見ながら皆‘さすが舞踊部ね’。
鍛えられた身体能力を元に、舞踊部は全国どこの学校運動会でも同じ結果を見せているよう。

大旗のシーンでは、‘クラシックだね’と、つぶやく鄭先生。
大旗の波打つ方式にも色んな形式があるらしく、
大阪朝高のは‘クラシック=古典的’らしい。
先生達、大旗の波打つ方式についた知識・経験を動作と共に語る。
そんな色んなバリエーションがあったとは。

野球部、卓球部は他の朝高にはあまりないらしく、クラブ行進のシーンでは
、特に興味津々。
卓球部の行進シーンでは‘いな中いな中’とつぶやく、
漫画『稲中卓球部』を思い出した鄭先生。

驚いたのは、東北の先生達が、大阪の子ども達やソンセンニム達の名前と顔を良く知ってたこと。
日本全国に散住している、diasporaそのものの我が在日同胞。
少数だけに、お互いもっと親密感や同志愛が湧いてくる。
学校同士の交流や集会などで一回会えただけの短い縁を、
何年に立っても大事に大事にしているような気がする。
知ってる顔が運動会DVDに出る度、名前まで正確にあげながら、
その成長ぶりをまるで兄弟のように喜んでくれてる東北のヒョンニム(アニキ)、オンニ(お姉さん)達。

ウリ学校というユートピアを中心に成り立った在日同胞のコミュニティーが、
未曽有の大震災の中、‘同胞支援対策本部’として働きかけてる。
近所の仲良し日本の学校には実態調子も給水車もすぐさま来てくれたものの、
‘朝鮮学校’にはきてくれないのが当たり前
(先日、言及したように、県庁までに要望書を出しにいったものの、
担当者の答えは無責任そのもの)。
1日2食だけ食べながら節約したお米で、
大量のおにぎりを丁寧に作って日本の学校に渡す、
ちょっとでも温かいお汁をおもてなししたくて日本の避難所まで全員出動し、炊き出しをする。

長い付き合いの学校近所の住民達、久々熱々お吸い物、
温もりが感じられるおにぎりをもらい、老若男女、ニコニコ、心温めるひとどき
国籍も国境も乗り越えるハンマダン(広場)。

<A Paradise Built in Hell>というアメリカの本が、
日本では『災害ユートピア』と翻訳されたことがあるらしいけど
ウリ学校は、まさに、A Paradise built in aHELL、そのもの。災害等、特定な時だけではなく。

さゆ 拝
小さな声、低い視線
コ マ プ レ ス