2時間余りの工場見学を終え、駅に向かいます。
東京チェーユッの成先生が、児童に話しかけていました。
「ソンセンニン(先生)はどちらかというと、
製菓工場より、ロッテリアがよかったなぁ、ハンバーガーも食べられるし…」。
そう昼食の時間です。
下車した駅を通り過ぎて、並木道を延々と歩きます。
昼食は公園でとることになっているようです。
金先生がヤフーか何かでとった地図を片手に先頭を歩きます。
成先生はしんがりです。
公園に着いて、しばらくすると金教務主任が車椅子を押して来ました。
児童は、退院したばかりの児童を取り囲むように車椅子に群がります。

大きな輪になって、弁当にパクつきます。児童たちはオモニの手作り弁当、
私はコンビニのパンです。
社会見学は午前中で終わるものと思い家を出ました。
待ち合わせ場所に行くと、児童のバックやリュックが重そうなのです。
何が入っているか聞くと、「部屋履きと弁当だというのです」
それで慌てて駅構内のコンビニに走ったのです。

金教務主任は、コンビニ弁当のようです。担任の金先生は手作り弁当です。
「だれが作ったのですか」と尋ねると、「イェ」と手を挙げて
「自分で作りました」と答えていました。

食事を終えた児童は、遊びです。車椅子が珍しいのでしょう、
そばから離れようとしません。

おかずだけを先に食べて、ご飯だけを食べる児童がいます。
それとは逆に、まずご飯だけを食べてしまい、あとからおかずを食べる児童も。

食事を終えると、「楽しい社会見学」のノートに書き込みを始める児童がいました。
チェーサムではなく、チェーユッの児童です。宿題のはずですが…。
「工場の名前」「この工場で作った商品はどこで売りますか」、「商品の原料は何でしょう」
など、いくつかの質問事項とこの日の感想を書くようになっています。
遊びじゃなかったのです。そういえば、真剣に質問をしていた児童もいました。
最初、ウリマルで言ってしまって、慌てて日本語に言いなおす児童もいました。

「早弁」ではなく、「遅弁三人組」です。いつも食べるのが遅いとのことです。
他の児童が早すぎるのかもしれません。金先生もこの「遅弁組」の一員ですから。

チェーユッの女子児童は1人、チェーサムの女子児童も4人と少ないのですが。
仲良く遊ぶ姿を成先生が写真に収めます。

大きな石に登ったり、鬼ごっこをしたり、追いかけっこをしたり…
児童は動きっぱなし、走りっぱなしです。
教務主任も担任も負けずに児童を追いかけ、追いかけられ駆けずり回っていました。

木に登ったり、水の中に入ったりもしていました。
二校の児童は互いに名前で呼び合っていました。
昨年は、二校の児童で合同授業をしたという話を成先生がしていました。

交通事故に遭った児童は、車椅子に乗ってキーパー、
ときどきボールを蹴ったり、松葉づえでたたいていたりしていました。

女子児童が何かしています。公園に「ソンセンニム(先生)」、「ハナ、トゥル(1、2)」、
「スルレ(鬼ごっこの鬼)」や、「チョア(いいぞ)」、「ミアネー(ごめんなさい)」、
「アニムニダ(違います)」、「クゴン イルボンマルヤ(それは日本語だ)」などの
ウリマルが響き渡っていました。

それでも遊び足りないのか、階段を上る足取りは軽いです。

ホームに座り込んでお話です。「今度はキャンプで会おう」。

東京チェーサムの児童は赤羽駅で下車し、一部は学校へ。
チェーユッの児童は新宿で乗り換えです。
私は池袋で下車し、二度乗り換えて、雑誌の校正へ。
それから数十分後に地震が。5階で作業をしていたのですが、
地震に驚いて、ビルの外に飛び出すという初めての経験をしました。
壁にはひびが…。
児童の安否が気にかかり、学校に電話をしましたがつながりません。

製菓工場では、児童の間では「ラッキーコアラ」といわれている、
幻の「盲腸コアラ」をゲットしたと思ったのに…。これは「盲腸コアラ」ではないのでしょうか?
それともコアラは大人には、幸運を運んではくれないのでしょうか。
家まで3時間歩きました。コンビニに寄っても、おにぎりは売り切れ、携帯電話はつながらず、
マフラーでほっかぶりをして、腹ペコ状態で黙々と歩きました。誕生日だというのにです。

家に戻って、学校にメールを送ると、数分して返事が。先生たちはまだ学校にいました。
帰れたのでしょうか?
コマーシャルの入らないニュースを見ながら、長~い一日を実感しました。
了
4月18日発売の「統一評論」5月号に
詳しく書きます。
ブックレット『朝鮮学校のある風景』の6号に掲載します。