
「全国高校サッカーは都立三鷹高校がベスト8の大活躍でしたが、昨年大みそかの同校の初戦突破記事『第30回大会の大泉以来56大会ぶの都立勢による白星」に、川崎市の男性から『私の出身校、東京朝鮮人学校は都立高として第33回大会で準々決勝まで進出している』との指摘です。
他紙でも同じ扱いでしたが、確かに戦後一時期、朝鮮戦争に絡むGHQ政策などで、都立の朝鮮学校は閉鎖、都立朝鮮人学校となり、そり時代にベスト4入りを果たしています。
本紙で確認できなかったのですが、1955年1月7日付の朝日新聞に、準決勝で優勝校の浦和高校に敗れた『都立朝鮮人(東京)』のイレブンが載っています。その中に、何と、許宗万在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)責任副議長の名も。当時のポジションはウイングとか。
都立校にされたのは無念だったでしょう。埋もれさせてはいけない歴史です。(E)」
この度、刊行した復刻版「東京朝鮮中高草創期10年史」には、サッカー部の生い立ちと同大会についてもふれられています。別冊のグラビア集には当時の写真も載っています。
「応援室」のE氏は、東京の朝鮮学校が都立朝鮮人学校になったいきさつが「朝鮮戦争に絡むGHQ政策など」と書いていますが、「10年史」には当時の日本政府の朝鮮学校潰しの政策についても詳しく言及されています。それこそが「埋もれさせてはいけない歴史」だと思います。ik
復刻版の目次・価格など詳しくは
http://www4.ocn.ne.jp/~uil/p.htm