連載④朝鮮学校は韓国社会の救世主? | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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韓国のWEB新聞の連載・韓国社会と朝鮮学校④

筆者は、枝川朝鮮学校支援募金共執行委員長 ファン・ウィジュン。

本文からの抜粋

朝鮮学校を私は、韓国社会の救世主のように思っているようだ。
大きく勘違いしているかも知れないが、反対に朝鮮学校をそのように考えてみた人もなさそうだ。私の目にすべて、そのように見える。
……
 朝鮮学校は在日朝鮮人にとって、命のように大事な存在であり、今後の在日同胞社会の統合にも重要な役目を果たすはずだが、韓国社会にも多くのことを輸血してくれることができる貴重な存在だ。まだこれが見えないことは当然だ。今、分かり始めたのだから、それも一部で。

 朝鮮学校は在日朝鮮人社会が尊属維持される根幹だ。朝鮮学校がなかったとしたら、在日朝鮮人社会は存在しなかったか、存在したとしても、一部の些細なグループに過ぎなかったはずだ。

 しかし社会(共同体) 存続だけではないだろう。食べて暮らすという生存の問題を除くにならば、朝鮮学校は彼ら生の存在理由にまで拡大される。朝鮮学校は在日朝鮮人の希望と価値の柱だ。宗教まではないとしても、宗教的機能を担当しているとも見られる。

 民団と総聯の統合は私たちの期待のように易しくない。こちらの統一以後も、二つの組職が統合されることは、困難であろうと見られる。これに対する細密な論議はさておき、朝鮮学校が在日同胞社会の統合の核心的柱になるだろうと言うことは、常識的に同感することができるであろう。

 朝鮮学校は大事な価値の宝庫だ。朝鮮学校がそうなることはもしかしたら順理だ。花崗岩が作われるように。花崗岩を作ったのが自然としたら、朝鮮学校を作ったことを一言で言うならば、『歴史』である。

 本文には、ドキュメント「ウリハッキョ」を見た人々のコメントが引用・紹介されている。


本文は
http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=73851