

これは、哲学者のトウル キム・ヨンオク教授が7月29日付「中央日報」の「トウル孤喊」に記したコラムのタイトルである。サブタイトルは「映画『ウリハッキョ』の舞台、日本の朝鮮学校に行く」である。
ここでの「日本の朝鮮学校」とは、筆者が7月19,20の両日、訪れた愛知朝鮮中高級学校(写真上)と名古屋朝鮮初級学校を指す。
キム教授が愛知県下のウリハッキョをはじめて訪れたのは2005年10月だ。総聯の山岳会の10周年行事に山岳人のオム・ホンギル氏と「偶然」、名古屋朝鮮初級学校を訪れた教授は、その時の思いをコラムで次のように記している。
「私はあの時、あの学校で故国の言葉で授業を受ける子供たちを見た瞬間、ぐいっと涙が溢れた。それは形容しがたい感激だった」
コラムには、解放直後日本の各地に朝鮮語講習所と言う形式で、ウリハッキョが設置された経緯と共に、教授がなぜにそんなに「感激」したかについて、詳しくつづられている。
このたび、同校を二度目に訪れた教授は、原稿料と「国民からの募金」として日本円で134万円を寄贈。写真(下)は寄贈後、同校の1.2.3年生との記念写真、「あらゆる弾圧の中で、いまだ学生数 230人を維持している。奇蹟みたいな話だ」との説明が付されている。
また、コラムには、劇場で出会った世宗大学の学生新聞の記者との、つぎのようなやり取りが記されている。
「一言、うかがってもよろしいですか」
「いいですよ! 必ず知るべきです。この『ウリハッキョ』という映画を在日朝鮮人の問題として『客化』させて把握してはいけない。これはあくまでも私たち自身の問題だ。私たち自らの分断という現実が、日本という孤立した空間で劇的に表出されているだけだ。南韓の人であれ、北韓の人であれ、日々の日常生活の中では分断を感じない。
しかし在日朝鮮人たちは、その分断を時々刻々感じるしかない。その分断の悲劇を生の中に『体化』するように日本という政治権力と生活文化が強要しているのだ。
彼らはいまだに日本という孤立した環境の中で、独立闘争、民族闘争、統一闘争を続けているのだ。私は新興武官学校や明東学校の雰囲気が、いまだ日本の民族学校において持続しているということを感じる」
全文は
http://article.joins.com/article/article.asp?total_id=2808797
この「コラム」は、7月29日、ロサンゼルスで催された「ウリハッキョ」の上映会場でも配布されたと、在米「民族通信」は、伝えている。
また、「通信」は「私たち在米同胞も日本の朝鮮学校の問題を私たちの問題として、『ウリハッキョ』を守るための事業に共に参加しなければならないと誓った。そして私たちもここにアメリカで子供たちに『民族性』と『主体性』を植えつけるために速やかに、私たち実情にあった『ウリハッキョ』を建てなければならないとの意見を出す方もいた。あまりにも感激的な月例会だった」と、上映会の様子を報じている。
全文は
http://www.minjok.com/news/news.php?code=31128