春が来て、4月が来て、何が一番の楽しみと言って、東京春祭のワーグナーだ!
今年の「さまよえるオランダ人」は、実はワーグナー作品の中で個人的にさほど好きではない演目なので、ここ数年で最も低いテンションで出掛けはしたのだが、終わってみれば、その超名演に最大級の感動をし、まさに価値観がひっくり返った。
配役は、すべてが奇跡の取り合わせ!!
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東京春祭ワーグナー・シリーズvol.10
【さまよえるオランダ人】
2019/4/7 (日)15:00開演
東京文化会館大ホール
指揮:ダーヴィト・アフカム
オランダ人(バス・バリトン):ブリン・ターフェル
ダーラント(バス):イェンス=エリック・オースボー
ゼンタ(ソプラノ):リカルダ・メルベート
エリック(テノール):ペーター・ザイフェルト
マリー(メゾ・ソプラノ):アウラ・ ツワロフスカ
舵手(テノール):コスミン・イフリム
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング
合唱指揮:宮松重紀
アシスタント・コンダクター:パオロ・ブレッサン
映像:中野一幸
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ダーラント役は、直前にアイン・アンガーからイェンス=エリック・オースボーに変更となったけれど、何の問題も無く、素晴らしい歌手だった。
「さまよえるオランダ人」は、ワーグナー作品としてはとても短く、正味2時間半の上演時間だ。
前年までの「指環」なら倍は掛かったから、なんとなくクセで「帰宅は夜遅くなる」と思っていたけれど、終わってホールの外に出たらまだ明るく、「ああ〜そうか、オランダ人だったんだわ」…などと思った。
しかし、こんなに密度濃く満足したのも久々のことで、あらためて上演までの御尽力に感謝したい。
今回の指揮者は、まだ若いダーヴィト・アフカム。
昨年の1月にN響定演で聴いた指揮者で(←その時の感想)、見通し良く清々しい音楽を奏でる人だと思っていたが、「さまよえるオランダ人」でもその美点を発揮しつつ、より強靭で深い表現をオーケストラから引き出していて見事だった。
N響のコンマスは、おなじみのキュッヒルさん♪
流石の推進力!
「オランダ人」では、ワーグナーの他作品の何倍も活躍し、しかも難しい合唱を担った東京オペラシンガーズが、これまた眼を見張る仕事ぶり。
迫力満点なのにハーモニーもしっかり担保され、こんなに理想的に聴かせてくれる「オランダ人」の合唱って、世界のどこにあります?
これは地球全土に自慢していいと本気で思った。
タイトルロールのブリン・ターフェルは、役の全てを自分のものとして演じ、歌い、声の陰影と幅も説得力にあふれ、絶望を背負ったオランダ人そのものだった。
第一声を耳にした瞬間から、なんだか泣けてくる。
ダーラントの代役オースボーの役作りや声質が明るいこともあって、同じ声域ながら対比が気持ちよく腑に落ちる。
舵手のイフリムは、もうちょっとカンと響く声が欲しかったけれど、他が素晴らしすぎるからそう感じるだけであって、音楽が求める役割は100%果たしていたと思う。
そして、大注目のゼンタを歌ったリカルダ・メルベートだが、この人はなぜいつも歌い出しから30分は音程が最悪なんだろうか?
この日も予想どおりの不安定さで、私は暫く物語に集中できず、「あぁ〜もう〜だから嫌いなんだわ」と心の中で毒づいた…
後半からは、これまたいつものことながら急に安定し、さっきまでの揺れ揺れの声が同一人物から出ていたとは信じ難い大変身!
最後の海に身投げする際の高音などは、魂を射抜かれるような迫力で、鳥肌は立ち、涙腺は崩壊する神々しさ!!
…もう本当に、リカルダ・メルベートってソプラノ歌手には、毎度こうして心を弄ばれ、忌々しい気分になる(←褒めてます)
その彼女を、まともなピッチに誘導した功労者が、エリックを歌ったペーター・ザイフェルトで、相変わらず素晴らしいテノールだ。
かつて私の大好きなソプラノ歌手、ルチア・ポップと結婚した頃は、「なんだこの若造は?」という新進歌手だったけれど、今となっては頼れるベテラン!!
もう65歳とは俄かに信じられない正しい美声で、そんな彼の15歳年上だったルチア・ポップも、生きていれば今は80歳だったんだなぁ…と…
じわじわ込み上げるものあり。