暑い事、買ったクレープが余り美味しく無かった事、木曜日は出席率が悪い為に講義の流れを摑めない事、昨日受けた面接が早くも落第した事…。
楽しくない事を恒星にして散りばめたプラネタリウムの様な一日だった。

なのに、彼女とメールして、電話してゐるだけで大いに慰められるのだった。
彼女の言葉は、特別凝った云い回しが有るでなく、にも関わらず真心が伝わるのだった。
性格が根本から優しい人なのだろう。自分でも他人を怒った事がないと迄云ってゐた。
だから全方位的に優しくて親切なのだろうけど、俺を相手にしてゐる時の言葉が一等切実で、優しさを独占出来てゐるのだと思う。思い込んでゐる。

明後日には会おうと約してゐる。其れがもう楽しみで楽しみで仕方が無い。
彼女と会う事は、義務から逃れる手段でもあるだろうし、寂しさを紛らす事にも成ろう。
が、それは事後的な、結果としてそうとも云い得ると云った話だ。
彼女に恋するが故に会い、会った後、一人に成ってから詰らない理由を沢山思い付く。其の詰らない成分を先回りして今想像してゐるだけ。
接してゐる其の瞬間だけは斯う云う詰らない事を考える事が無い。
彼女との恋はエレベータではなくてエスカレータ見たいだ。一方通行でボルテージが上がって行くばかり。
もし何処かへ辿り着いたとして、其処が只管広いフロアだと楽しい。
そしてそのまま、生きてる間には下りエスカレータが見付からなければ良いと思う。


今日の文章は読み返して赤面する程ポエティックだ。
さっき飲んだビールの所為かも知れないし、単に彼女が好きなだけかも知れない。
先日、彼女が杏の実をお裾分けして呉れたので、其れを使ってジャムを手作りした。
杏を貰ったのは、十七日だ。貰った時に生で食べて見たが、熟れてゐる割に甘くもなく、加工品ばかり流通してゐる訳を垣間見た気がした。

ジャムに加工したのは一日置いて十九日の午後だった。呉れた時点で可成り熟してゐたので、此の時点で幾つかは腐らして仕舞ってゐた。
インターネットで調理法を検索すると、ジャムは少ない材料で特別な手間も掛けずに作れる事が分かった。
皮を剥き、種を取り、刻み、砂糖を混ぜ煮詰めるのみであった。
生まれて初めて果物を煮込んだ。煮込む事で形が崩れて行くのを眺めるのは初めてで大層面白かった。
レシピで推奨されてゐた木のヘラが無く宮島土産の杓文字で鍋を掻きながら、手元の百倍も千倍も大きな鍋の中で羽根の回るジャム工場を想像した。

最後に、保存料として檸檬を搾った。ペットボトル飲料の茶にビタミンCが含まれてゐるのと同じだ。
けれども、どうしたって家庭の衛生基準で作ったので、痛むといけないからと思って、作って直ぐに彼女の元へ持って行った。

彼女にとって忙しい日が続いて感想を貰えずに数日が過ぎた。
僅か二日三日の事だけれども、彼女に手作りの食品を上げるのは三月以来なので、待ち遠しく思ってゐた。
待ち侘びていじけた雰囲気がメールの文面に出てゐたのか、意を汲んで彼女は電話を呉れた。
直接云わずに、もし伝われば幸いと思って、婉曲に婉曲を重ねて物事を伝えんとするのは、昔からの悪癖だ。
きっと幼い頃、泣き顔をするだけで、周囲の大人が機嫌を取って呉れてゐたのだろう。
三つ子の魂百迄。不遜な態度である。
彼女も疲れてゐたろうに、嫌な声一つ出さずに感想やその他最近の出来事も話して呉れた。
ジャムに関しては、食べ飽いた食パンを美味しく食べられたと云って呉れた。
檸檬が効きすぎかと思ったが、其れは其れとして気に入っても呉れた様だ。
小生大いに気を良くして又何かでジャムを作ろうかとも考えたが、同じ趣向の物が続いても面白くないだろうと考えを改め、次は何をしようか迷ってゐる。

しかし先ずは生の玉葱を上げる事はもう決まってゐるのだった。
今日のデートの話。

川西市畦野の頼光寺へ紫陽花狩りへ行った。
兵庫県川西市は清和源氏発祥の地らしく、JRの駅前に立派な銅像が有る。此の寺も清和源氏に縁が有るらしかった。

視界一面を紫陽花に塞がれる様な景色を想像してゐたがそうではなく、そもそも紫陽花はそんな風に巨大な壁の様には成長しない。
予想は裏切られたが他の植物とも調和された心安らぐ風景だった。
喩えて見るに、おにぎりの味を想像しながら米粉のパンを食べた様な経験だった。


今日も楽しかった。帰ったらウェブ試験を受けよう。気力が充実してゐるから出来るだろう。
the UNIVERSITY is far from my HOUSE-TS3P0026.jpg
食事した店を出て、天橋立の方へ向かうと、廻旋橋が有った。船を通す為に、橋脚を軸に橋がぐるりと回る。
咄嗟に、冗談で「橋脚の下の人達は大変やろね」と云うと、真顔でからかわないでと云われて仕舞った。
鴨川河畔を歩きながら京都七不思議をでっち上げた昨秋から俺は変わってゐない様だ。
しかし調べた所、大正十二年から昭和三十五年迄は手動で廻ってゐたらしい。半ば冗句が本当だった訳だ。

砂洲では、行程の四分の三を海岸で過ごした。
彼女が先ず裸足に成った。気持ち良さそうに白砂を踏み水際へ行くので、俺も靴を脱いだ。
砂浜では、足を水に漬け、砂を踏み締め、貝を拾い、石切りをし、手を繋ぎ、時々口唇も繋いだ。
足元では海岸線がずっと伸び、遠くには水平線の入口が見え、其の先で空と繋がり、ぐるりと仰いで後ろを向けば松が並び…。
長閑だった。


車を停め食事をした宮津側から対岸の府中ではケーブルカーに乗り、笠松公園へ登攀した。
天橋立の只中を歩くのも長閑で安らぐ経験だったが、山上から一帯を見るのも爽快だった。
行楽客は数が居ず、外の展望台は無理でも、ケーブルカー駅の上の展望室には短い間二人だけで居られた。
日本三景の一つを二人だけで特等席から観覧しながら密着してゐた。
始めて二人で南京錠を買って柵に留めもした。鍵は一人一つあって、分け合った。お揃いの持ち物が出来た。
以前彼女は「中村佑介の世界展」で買った四つ入りの缶バッヂセットの半分を分けて呉れたが、其れは柄が違った。
全く同一の持ち物が出来たのはだから初めてだ。彼女は以前から揃いの何かが欲しいと云ってゐて、何時か用意しようと思ってゐたが、不意に出来る迄其の楽しさを真には理解してゐなかった事を知った。



可成りはしょって此処まで書いた積もりでも、未だ半分位の出来事しか書けてゐない。
続きは又。
今日は寝る迄に時間の融通が効くので、五日の出来事に就いて書こうと思う。

其の日、彼女を助手席に乗せて北を目指した。北へ、北へ。日本海よ。
つい詩の様に書き出して仕舞う。素敵な一日だった。

出発の前日、道を調べ、車を借りる店を選び、自宅の車からFMトランスミッタを持ち出し、iPodに往復分のプレイリストを作り、其れから寝た。寝坊が恐ろしかったが、余りに楽しみで、予定の時間に目が開いた。

家を出て、先ずはガソリンスタンドの副業で営業してゐるレンタカー屋で車を借りた。
とある駅で下車して徒歩数分。立地も値段も便利な店だった。
彼女と待ち合わせを約束した駅とは丁度一駅分違ったので、其処へ向かいながら初めて動かす自動車にも慣れる事が出来た。思い返して考えて見ると斯う云う些細な事ですら運が向いてゐたのだろうと思う。

彼女を助手席に乗せて北を目指す。北へ、北へ、北へ。曇り空の日本海よ。名勝天橋立よ。

西宮北インターから高速道路へ入り、三田を過ぎた辺りから全く未知の道だった。
低い山々、広い水田、這う様に飛ぶ鳥、まばらな対向車。アクセルを踏んで生活圏を置き去りにする。

当初考えてゐたよりも早く目的地の天橋立に着いた。
彼女はもう三度目には成る筈で、一方此方は初めての土地だった。

車を降りて、食事をして(食事も海辺の土地だから魚や貝を食べた。昼間から贅沢だ)、天橋立を歩く。
現地へ行くまで、宮津湾の広さも天橋立の長さも知らないながらに小さな所だと思い込んでゐた。
間違いだった。
天橋立は宮津湾の奥まった所に渡された砂洲なのだが、全長が約四km。長い。
長く続く砂洲に数千本の松が成り、鷗が飛び、鳶が鳴き、モーターボートが航跡を残し去ってゐく。
近くに高層の建物も無く、海も空も見晴らしが良い。
其の風景を一辺に気に入ったのだった。

同じ海でも神戸から瀬戸内海を見ても、淡路島が有り、埋立地が有り、陸も建物だらけで、気分が安らがない。
加えて、神戸は生活圏に近過ぎる。宮津の土地で自分を知ってゐるのは、隣を歩く彼女だけである。
その解放感!
昨夕、と云っても六時間程前の事だが、彼女を相手に電話で愚痴を零し続けた。
ブログに書いた様な事を矢張り口に出したい様な、彼女に知って欲しい様な心持ちが兆して電話を掛けたのだった。
彼女は電話の向こう側に居て、座ってゐたのか伏してゐたのか定かではなかった。動作の音がしなくて姿勢を推定出来なかった。
彼女は一心に、まとまりの無い痴話を聞いて呉れた。
私は甘えて、八十分位は似た様な話をし、気が高ぶると体面に構わず泣いた。更に自分でも気付かぬ内に黙り込む事すらあった。しかし彼女は根気良く次の言葉を持ち、慰めんとして呉れた。
其れから、十分も掛けずに明日二人で遠出する事を最後に約束してから電話を切った。
語りながら辛さも増す様な気にすら成り、又最後の約束も現実感が無かった。ひねくれて、出掛けても休まるかを怪しみもした。

けれども短い睡眠を挟んで今、昨夜とは打って変わって楽な心情である。一応は今日一日働くに差し支えも無さそうだ。
一重に彼女が聞いてくれ、慰めて呉れたからだ。
加えて、余り想像出来てゐなかった遠出の予定が今や救いに感じられてゐる。何処か遠くへ行けると云う思いが裏返って、既知の風景をも懐かしくさせる様だ。
何処か、と云う自由な感じも、遠く、と云う曖昧な雰囲気も今求めてゐる解放に通じてゐて清々しい。
明日だ。明日さえ来れば良い。

一日中曇り。

わざわざ先に上げた様なブログを書く事はなかったのではないか。
書いた割に楽にも成らなかった。ならば、読んで貰う事を、公表を前提に書く意味等あったのか。
理解を望んでゐるのか。叱って欲しいのか。許しを得たいのか。或いは放って置かれたがってゐる…?


疲れを自覚して気が高ぶって来ると泣きたい様な気持ちに成る。しかしいざ涙腺が熱を持って涙が落ちそうに成ると、何が悲しいか分からなく成って涙の分泌が止まるのであった。

理屈ばかりで原因を何かに求め過ぎるおかげで却って何が辛いかはっきりしなくなった。
本当は、今日の天気に合わせて気分も冴えなかっただけなのかも知れないのに。
就活を止めたい。或いは当分休みたい。
けれども春を過ぎてから、採用を行う企業の数は月日の経過と反比例的に減るので、投げだせない構造になってゐる。此処で就職活動を休止すると更に大きな苦労に巻き込まれるのだ。
疲れた々々々と其ればかり考えてゐたとしても、短い息抜きで満足して又活動しなくては不味い事になる。

現在の就活の状況はと云うと、順調に選考の進んでゐた様な企業でも何時の間にか殆ど全てが沙汰止みと成ってゐる。一つの企業だけ何とか未だ機会を与えられてゐるが、受験をひたすら怖いと思う。今日から少しずつ対策をして、どうにか食らいつこうと云うだけの気迫が残ってゐるのは、しかし追い詰められた気がしてゐるからではないだろうか。
昨年の今頃は、唯一の内定を貰って数日のみ経った日を喜びと共に過ごしてゐた。一昨年の冬から去年の今頃迄してゐた就活と云うのは、数字に治せば十二月に始めて翌五月末に終えられた。
未だ今年は二月の末に活動を再開した所だから期間としては昨年の半分程度しか経ってゐない。ただどうしても昨年の今日頃の事を反復して思い出して仕舞う。初めての就職活動の頃から私が面接へ行くと雨が降り風が吹き間の悪さをよく感じた。去年は其れが笑い話でしかなかったが、今年はもう梅雨入りして、ジンクス等考える余地も無く悪天候が続く。気温も上がって益々益々不快な気候に成って行く。

今日も又説明会へと出かけてゐた。帰りに街中でふと歩みを停め、「就活をする為に生れて来た訳ではないのに」と思って見た。わざわざ悲劇の主人公振った事を考えて馬鹿々々しいとは判ってゐた積もりだが。

早く就職をしたいとの意志は何に依ってゐるのだろうか。又、一体何に疲れてゐるのだろうか。実際に働き始めたら、毎日きっちり七時間以上は拘束されるだろうに、きっと今の方が疲労だと云う心持ちがしてゐるのは何故だ。
早く採用内定が欲しいのは、早く「自分が何者か」定めたいからで、こうも草臥れた気持ちに成ってゐるのはつまり「自分が誰でもない」感じがしてゐるからだと推測していゐる。
内定さえ得られれば、来年の春からの自分が何処の誰かと想像出来るのである。

人に任せて得た様な肩書きで自らの存在を主張せんとするのは空しいと云う考えも有るだろう。
そうだろうか。
高度資本主義社会に在って、最早単独で世の中に大きく影響を与える機会とは少ない。何事も分担された作業の寄せ集めで社会を為してゐるのである。戦国時代ではあるまいに、人と協力して天下を支えられれば充分意義の有る存在と成れるのではないだろうか。
其の社会で就職出来ない予感と云うのは、其処から弾き出される不安であり、世の中に存在を許されない様な短絡的な妄想に通じてゐる。
よしんば社会に居場所を見つけられたとして、金が稼げなくては忍従の生活ばかりが待ってゐる。
私は好きな様に食いたいし、知りたいし、出掛けもしたい。
そういう、将来にしたい事を書いたリストに、一々と二重線を引いていかなければならないのか、と思うだけで泣きたく成る。

就職活動で選考の度合いが進んでは縁を切られると云うのは、上記不安から救われる期待が毎度々々裏切られるのと同義だ。

では努力して決着を早く着けようと思う前に逃避を企てるとは、いよいよ私もお里が知れると云うものかも知れないが。
一日雨振り。
ディスコ探偵水曜日と云う、舞城王太郎の傑作を読み始めて止まらず、昼夜を半ば逆転させて迄読んでゐたから今日も又おかしな時間に起きた。彼の小説は読み始めたが最後、読み終える迄閉じる事を禁じられた気に成る。誰が禁じるかと問えば結局自分である。執拗などんでん返しと場面転換を経て、先に何が有る、何が起こると知りたい欲求が理性や妥協を抑え込んで仕舞う。奈津川家サーガは何時続きが出るか…社会人に成ってから出られると困るかも知れない。
さて起きてから慌てて支度し大学へと向かった。
大学の最寄り駅へ着いて見ると講義の四分の三迄が終わる時間ですっかり萎えた。更に構内で教室を外から見ると電気が消えてゐて、講義が終わった事を知った。
せめて大学に来たからにはと気を取り直して就職課へ行けど閉館の札が掛かり、ならばと思って生協書籍部へ行くと此処迄閉鎖されてゐた。
何か知らの収穫が有ると考えたからこそああも慌てて用意を整え、止まぬ雨の中を来たと云うのに、随分な展開だと思うと気分が再びすっかり萎えて仕舞った
結局喫煙所で一服してすぐ大学を出、一駅歩いてスーパーマーケットの書店へ行った。
前から買う積もりだったのを買ってすぐ出た。其れから直ぐ駅へ歩いて、又一服し、来た電車で帰った。
説明会に行く積もりだったが思惑や憔悴から間に合わずやむを得ず電話で欠席と謝罪の電話をした。

対策を書いて置く。

携帯電話の電池を気にせず地図を見る事。
方位磁針を持つ事。
時間の逼迫した時は迷わずタクシーに乗る事。歩こう等と欲をかかぬ事。