今日は昨日の疲れが出、矢張り無茶は出来ない体質だと確認した。
幾つもの予定を無視する他なかった。
反省が又増えた。

しかし彼女と祇園祭に行き、又長く居られ幸せだ。

今テレビで映画を見て居る。
が、彼女の姿が脳裏から離れない。彼女は加速度的に綺麗に成って行く。
京都は五条へ来た。
五条へは一度友人に誘われて熱帯魚がさり気なく居るカフェに来た切りだ。

さて今日は 清修庵と云う店に入ってみた。
カウンタ五席、テーブルが二組で併せて八席と云う小さな小さな店だ。
全体的に昭和の雰囲気漂う店だった(BGMがAMラジオだと何時でも昭和の匂いがする。CMがどれだけ新しい商品を宣伝しても一生其れに無縁な気がして来る)。
しかし一人で来る分には嫌いではない。気負わなくていいから楽だ。

味は普通。
全席喫煙可なのが一番良かった。
其の日の就職活動を終えてから、菓子が食べたく成った。

其処で買ったのが、神戸発祥の「安心おやつ はらドーナツ」。
調べた所、利用したのは新店舗の茶屋町店と云う事に成るらしい。

プレーンドーナツの商品名「はらドーナツ」と、レモン味のドーナツを食べた。

プレーンの方は常温より少し温かい位の温度で、さっくりした感触で無添加を売り物にする店の食品特有の優しい味だった。

レモン味の方は、レモンの味のクリームが掛かってゐて、其れが溶けないように冷やされてゐた。
其の日も暑い日だったので、冷たくて、加えてレモンの良い風味がして、此方の方が気に行った。

それと、袋が可愛かったので、彼女にドラマのテレビ放送をダビングしたDVDを上げる時に再利用した。

the UNIVERSITY is far from my HOUSE
モータボートで天橋立の文殊側へ帰って来てから、少し又散歩した後に、ドライブする事に成った。
宮津の側に適当に走らせて行ってゐる内に、徐々に日が暮れて来た。
道沿いには照明も少なく、海は字義通り真暗と成ってゐき、恐ろしさが勝った地点で引き返す事にした。
国道百七十八号沿いにひたすら走り、恐らく「おみやげ地元産物いーわーね」迄行った。
長く走った気がしたけれども、JR天橋立駅からは廿キロメータ程度しか走ってゐなかった。

帰り道、海沿いを行きながら思い浮かべてゐた怪談が有る。
その名も「海を見てはいけない日」と云う。
海を絶対に見てはいけない日が年に一度有り、其の原因は正体不明の何かに有る。
見て仕舞うと発狂するなり魂を抜かれるなりするらしい。

しかしほっとする事にそんな事は起こらなかった。

綾部宮津道路に乗って、来たのとは逆に西宮北迄。
彼女を家に送って俺が家へ帰ったのは日も回って間も無くではなかったかと覚えてゐる。

遠くへ、北へ行けて、本当にリフレッシュした。
また直ぐに就職活動のストレスに挫けそうに成るのだが、此の時は本当に生まれ変わった様な心地だった。
一ヶ月程経つが、今又思い返すと、風景の細かい所迄覚えてゐる。
其の印象の強さが、楽しかった事の何よりの裏打ちと成ってゐる。
六月十日の日記の続き。

笠松公園を下山した我々は、先ず猫を見た。
海沿いの街なので、土産物屋の軒先では干物が香ばしい匂いを振り撒いてゐた。
其れに釣られて十匹は下らない数の猫が集まって来てはおこぼれを期待がてら集会を開いてゐた。

良い匂いではあったけれど干物は買わなかった。
代わりに我々はソフトクリームを食べた。
彼女は確か紅芋だか紫芋だかの味を選び、私は黒豆黄粉味を注文した。

対岸へはモータボートで帰った。
乗客は我々ともう一人だけ、婦人が同乗した。
モータボートは推進力が途轍も無く力強く、潮風を全身にいっぱい受けた。
髪型は崩れ肌が潮でべたべたした。
しかし、スリルと昂奮の代償が其れだと思うと何も惜しくなかった。
俺はフェリーには乗った事が有るが、あんなにも水面の近くを疾駆した事は無い。
船体が傾く度に体が投げ飛ばされそうな…。
面白かった。
彼女のスカートが風で広がりそうに成って、手で押さえるのも面白かった。
其れ加えて此の時私は少し冷静に余計な事も考えてゐた。
このモータボートに乗る時は、救命胴衣は身に着けずとも構われないのだなあと。


ふむ。
今思い出した事が有る。
私はきちんと聞こえなかったのだが、彼女曰く遠足で天橋立に来てゐた様な中学生に囃し立てられたらしい。
「ヒューヒュー」と云われたらしい。
斯う云う時、囃し立てる様な奴に恋人が居る可能性は低いので、恥ずかしさよりも優越感が勝って仕舞う。
此の古風なSEをどんどん入れて呉れて構わない。
今日の正午が丁度一年の折り返しだったと云う。

今年の前半は、高層ビルで初日の出を見、サークルの合宿へ行き、留年をし、誕生日を迎え、悲しみの進級を経て、企業を回り回り回り、合間に彼女と遊んでゐる内に過ぎた。
後半はどうなるのだろうか。

さて丁度半年と云う時期には俺はバスに乗ってゐた。
面接を受けに行く為だった。

入念に下調べして行ったが面接で披露する機会はなかった。
ただ、調べたと云う自信から落ち着きを得られたので堂々と尋問に答えた。
もし次へ進めたら東京へ行く事に成る。
久し振りに東京へ行きたい。
国家資格の試験後に予備校のチラシを配るアルバイトをした。
勤務の際、予備校から派遣されて来た事務職員が民間の人事担当者とも接点が多いと云うので、少し助言を乞うた。
列記して置く。


精読する暇が人事担当者に無いので履歴書の写真の印象が書類選考の殆ど全て。

履歴書がペーパーレスにならないのは、字から性格を見るから。

TOEICは七百点以上なら人事担当者の気持ちを引ける。

留年しても其の事から教訓や新しい経験を導き出せれば、救いは有る。


…。今年は書類選考が良く通過すると思ってゐたが、証明写真の印象が良いだけなのかも知れない。
今日京橋駅前を通りながら、ダイキン工業の看板に付けられたデジタル表示の温度計を見ると三十八度を映してゐた。
反射的に此の暑さへの文句を胸中に漏らしたものの、此迄の様な切実な怒りは覚えなかった。
今迄は何故あんなに天候の様な、怒っても仕方ない物に憤ってゐたのだろうか。
不思議だ。

一瞬考えて不思議な結果が出た時理屈をこねるのは習慣だ。勿論暑さに一々怒らなく成った理由も考えた。

仮説一
彼女が出来て心に余裕が出来た。

仮説二
留年と云う、重大な意味と影響を持った問題を課せられた事で、動かし様の無い事に感情の折り合いを付ける姿勢が出来た。

仮説三
どうせ屋内は涼しいと思い外の暑さに無頓着に成れた。

仮説四
少し痩せたらしいので、去年程体感が暑くない。

仮説五
基礎体温が下がった。

仮説六
温度の事を考える程暇ではない。

仮説七
何等かの霊的影響で涼しく成ってゐる。
目覚めた時間は遅いし、寝覚めに一本の煙草に火を灯すし、何時も通りの一日の始まり方だった。
しかし唯一違ってゐた事が有り、即ち心意気なのだった。

先週迄積極的に活動を仕掛けてゐた企業に就いては一度忘れよう。
沢山の企業のノーの返事は忘れるべくも無いが。

しかし、今日から又、一先ず七月一杯を目処に活動しよう。
色々な必要だけは果たし、生活の楽しみは捨てず。少なくとも彼女と本と煙草は死守する。

一日一企業。
反省点は出揃った。

最近沢山の友人や、そして一人切りの恋人と様々意見を交換した。
其れは、ラーメン屋、自動車の中、ファミリーレストランの喫煙席、加えて鉄道の脇に並ぶ道路上で遣り取りされた。
判った事が有る。
言葉にはしないけれど…。

さあ、兎に角今日の企業へ行こう。