今日は、久し振りに一日中パソコンを使った。お陰で目が疲れた。まだ応募の出来る大企業に応募したり、規模に関係無く説明会を予約した。
留年迄して置きながら、大企業を志望するとは身の程知らずと笑い又は軽蔑し若しくは怒る人すら居るかも知れない。
けれども私は安定を求めて大企業を志望するのではない。沢山の人々が働いてゐる事にこそ魅力を感じるのだ。身の周りに人が多い程、受ける刺激が増える。あちらこちらに新鮮さを感じられる職場とは素敵ではないだろうか。同じ業界で働くなら刺激も味方も多い方が良い。
それに、世界的な大企業等日本には数える程しかないのだから、一見大企業でも高すぎるハードルではないと考えてゐる。
勿論低くはないけれども、自らを試すと云うのは面白い事であるし、今より他にチャンスは無いから、今だけ少し挑戦するのである。
友人は泊まり込みでひたすら研修の日々らしい。
彼程極端な例でなくとも友達は皆慣れない社会人としての生活を始めてゐる。
翻って我が身を省みると、特段の拘束もなく安穏と就職活動をしてゐる。
どちらの精神負担は大きいのだろうか。
と迄考えたが、状況が違えば苦しみの種類も違う物。私は私のの憔悴が有るし、彼等には又個別の苦労が有るだろう。
人に助言する時に好んで使うが「いずれ何でも笑い話になる」のだ。今、或いは次の一年彼等と経験や感覚がズレるからと云って、何の不都合が有るだろう?一生仲良く付き合って行く積もりなのだから、目前の差異にばかり気を取られず、十年後に話の合う友人の位置に就ける様、毎日何かするしかないのだ。そもそも就職活動自体、来年の春を目指してする物だから、今晩焦っても意味が無い。
今日はもう寝て、明日の面接をきちんと受ければそれで良い。そして残った時間でエントリーシートを書ければもっと良い。
それに、明日外出すると云う事は、小説が読める。楽しみが待ってゐる。
愚かなりし一個人として、上手く社会と折り合いを付けて行こう。
運転免許を更新して、最初に助手席へ乗せたのが彼女だった。
免許を取った時の初の同乗者は確か父だった。運転の練習の為である。
幾度かの失敗をしたが故、以前よりセーフティーな運転にて彼女と山や町へ往けると云うのは楽しい事実だ。
まだ見せたい景色が有る。又誘う事にしよう。
もう一つ、寂しい事が有った日だった。彼女がアルバイトへ行ってゐる間、無性に誰かと喋りたく思って、電話しようとした。しかし皆、新生活を始めたばかりで、忙しいだろうし、電話は止した。本当は思い遣っての事ではなくて、卒業出来た者との差を考えなかった心理が働いたのかも知れない。

寝る前に斯様な事ばかり考えて不愉快な夢を見ても嫌なので今日の楽しい事を整理しよう。

先ず、昨日から長く寝た。
晴れて、気持ちの良い空だった。
近所に白木蓮が咲いてゐた。最近読んだ話の題が白木蓮だったから嬉しく成った。
彼女とメールもして、電話もした。電話代は定額にしたから料金が気に成らなかった。
アメリカン・エキスプレスのロゴが入った筆記具を貰った。
彼女に進められた天とじ丼が美味しかった。
晩御飯のカレイの煮付が綺麗に食べられた。
長風呂をした。
ツィッターで他人の独白に笑った。
新聞を全部読んだ。
往復の電車で座れた。
iPodを充電した。
空腹も眠気も性的欲求も感じて今日も健康だ。

良し。
卒業旅行へ行く夢を見た。見たくもない夢だった。面子は自分含め四人構成だった。何故だか四人とも不機嫌だった(四人共不機嫌に成り易いから、或る意味合いに於いて自然な夢だった)。
夢に就いて覚えてゐる事は其れ位だ。
唯、起きた時に勘弁して呉れと何かに乞うた。夢で見た如き卒業旅行は永遠に失われたのだ。

留年に就いて、理智的に悟った積もりでも気持ちの整理が付いてゐないのだろうか。
時々、留年に至った経緯や、今や何を為すべきかと云う義務、失いし想定された未来、其れに就いての無念等の理解は表層だけの物ではないかと考える。
真実の反省や、本質的贖罪は出来てゐないのではないかと。又、無理な理屈で気分を奮わせて哀しみを縊死させてゐるのではと。
必要なのは、徹底的に哀しみ、嘆き、自責し、現実と対面する事なのではないか。
とは云え、そうした必要は無い様にも又思ってゐる。現状否定と現状肯定の板挟みと成ってゐる。
振る舞いだけであっても日々何か知らの行動を取れてゐるのは、又平静に行ってゐるのは評価出来る事ではないか。感情のみに従う事は実利的でないし、就職活動に於いて春先の時間は無駄に出来ないから先ずは状態の安定を目指す事は正当である、云々。
自らの裡で議論をする事は、好ましい事も多いけれど、こう云う時の堂々巡りを飽いた自分も居る。
思い詰められる、信じ込める事の出来る性格を持つ人を羨ましく思ったりもする。
アルバイトの日程二日中の二日目にして単調さを感じ、変化を求め不思議なジュースを休憩の度に選んだ。
二つ有り、一つは「苺ココア」(冷温はベンダーの表記に即して云わば、あったか~い)。もう一つは「ミニッツメイド グーニュー パイナップル」。
苺ココアは、チョコレート菓子の「アポロ」を湯煎して飲んでいるかの如き味。苺は飽く迄風味付けでありしつこくは無く、寧ろ苺の酸っぱい爽やかさにて口直しが必要無かった点は単なるココアより佳いと思う。
グーニューに関しては、此は永遠の傍流だと思った。コーヒーや茶の如き、質実な深みは皆無である。
ただ、私が日本の飲料史の本を書くなら其れへ載せても良い。祭りの後片付けをサボりながら過ごした九十年代の集大成の様な構成であり味であったからだ。歯応え、健康、濃い味等、今やブームですら無い我々日本人の趣味の味がする心地がする。
アルバイトの帰りに、ファミリーマートでコロッケを買って食べた。
味は大した事無かった。ただ、揚げてから温度を保ちつつも単に置いてあっただけだと云うのに衣がサクサクして良かった。充分に及第点。有り難やファミリーマートのあちらこちらに建つ事よ。

名の通る/かしわに霞み/コロッケの/秘めたる爪/鶏を狙わば
(意訳:ファミチキよりもコロッケの方が費用対効果に優れるかも知れぬ)
今日は私にも何等の予定はなく、又彼女にも特別の予定もなかった為、お互いの家の中間でデートをした。
お見舞い、夕食会に続き、三日続けて会えて喜ばしかった。
午前中は小説を読み、幾つか価値有るフレーズを拾えた。私がストーリーでなく、フレーズに感応する事は珍しい事だ。其れは其れとして、彼女の発した、普通の一言の何と価値の有る事だろう!
小説と違い、教訓や元を取ってやろうと思う打算抜きに付き合えるのは素晴らしい事だ。
昨日はカラオケで私のシャウトに大笑いしてゐて、今日は私に肩車され喚声を上げてゐた彼女の表情の何と愛らしい事か。
外を歩き回っても寒いと震える事もなくなり良い季節だ。
彼女も気にしてゐたけれど、今日から新年度であり、気が焦るが、幸せな気持ちを否定せず、着実に来年を迎える準備が出来ればと思った。
やや値の高い店でハンバーグを食べた。
ファッションビル、ブリーゼブリーゼは六階の「かもめキッチン」である。
添えられた甘い玉葱と肉の相性が良く、満腹に成る迄、箸の止まることはなかった。ハンバーグは値段で差は有るが、添え物の差程ではないと思われるので、こう云う時は添え物の方が印象に残る。
料理を盛った皿が運ばれ来たのを一見し、分量が足りないかと思いきや、私にも充分、彼女に至っては病み上がりでもあり食べ切らなかった。一目見て体積を正確に測る能力が欲しいと感じた。
メニューを見てゐる時、彼女と偶然にも同じ注文をしようとしてゐたのが嬉しかった。
彼女と言えば、又、後十日程で交際が五ヶ月と成るのに先だって、私の好きな画家のグッズを呉れ、其の事も非常に嬉しく感ぜられた。
契約してゐる通信キャリアのauのサーヴィスに、au oneメールと云うのが有るのを知って、登録した。
Googleの提供するG-mailを使ったサーヴィスで、送受信したメールを逐一ウェブ上に保存して呉れる物だそうだ。
彼女からのメールは一々を残して置きたいと常から思ってゐたから、実際にウェブに残ってゐるのを確認して、サーヴィスの有為なのに満足した。