梅田の有名な歩道橋でテレビの取材を受けた。関西ローカル局のテレビ番組を見た事の有る人なら誰もが知るだろう、御堂筋の、阪急と阪神とJRとを繋ぐ歩道橋である。
テレビカメラ、集音マイク、インタビュア、アシスタントディレクタらしい人の四人に行く手を塞がれて、手早く質問された。
私の口調は紋切り型に成った。咄嗟の出来事には、何処かで見た様にしか反応出来ないのかも知れない。
映像が放送されるかは確実でないと言われた。
しかし、4月の放映が楽しみだし、番組を録画すらする積もりである。
唯一、インタビューされると粗品を貰えると聞いてゐたが、貰えず、心残りである。
昨日は昼の陽気が春の訪れを感じさせ怖かったが、今日はそうではない。
大学に行く用事が無いからだろうか。
それとも、昨晩の電話に不安を取り除かれたのかも知れない。
最初の日記は楽しい事を書けなかったけれども、本当は楽しい事を書く積もりで始めたので、長期的にはそう云う記事が増えると思う。
大学へ行った。通学路にも校舎にも以前の様な親しみを感じない。と云うのも、つい此間迄、春には去るべき場所だったからだ。去った気でゐたのに又一年時々通う事を思うと滅入った。手紙を入れて封をした便箋に、後から千切った紙を混ぜるのを強いられた様な嫌な気持ちに成った。
他に登校して来てゐる人も見掛けた。そう云う人が友人と思しき人々と連れ立って歩く人が多かった。彼等の騒がしさを醒めた気持ちで眺めた。
友人や、知人は殆ど去った。少しく残る後輩等も、残された者の恥ずかしさ故、余り会いたいとも思わない。ああして喋り合いながら大学を闊歩した事の何と懐かしい事だろう。
新しくブログを始める事は、一体何時振りだろう。
全く聯関の無い日記を方々に書いて来たが、或る誰かの読むのを想定して書くのは始めての事だ。
きっと嬉しがる事を考えて、抽斗に仕舞われた日記と似た文体で此を書く事にしよう。