Jin side 30-2.
→つづき
夜間せん妄
...現実で体験したショッキングな出来事から強く影響を受け過ぎた結果、眠っている間にそれを実際に体現してしまう様子。
夢でも同じ情景を見ている場合もあれば、本人にその意識すらない場合もある。
目が覚めているかのように起き上がって動き回り、話したりするので、怪我やトラブルに見舞われることも多々ある。
そばで見守る家族などの存在が必要不可欠で...
『ふぅっ...』
眼鏡を外し、目頭を押さえる。
近眼が進んだ気がする。
東条さんに買っていたのとは別の目薬を、ヌナが買ってきてくれた。
『あの目薬、結局渡したのかな...』
わざわざ尋ねるのは野暮だと、僕の男の部分が止めている。
眠るヌナのそばで、どれほどの文献を読んだだろう。
最近は仕事そっちのけで、このことについて調べている。
タイムリープ中に、「現在」と「過去」の狭間で心のバランスを崩した僕を訪ねてきてくれた日を、ヌナは眠りながらずっと繰り返してる、ということだけど。
もう僕は、ヌナのそばにいる。
「現在」に戻ってきて、ヌナの気持ちも、僕の気持ちもお互いに話せたはずだ。
時間はかかるかもしれない、とヌナから言われたし、今回は焦らず、ヌナと足並みを揃えてタイムリープ前の二人に戻れるよう、お互い歩み寄れている。
それでも、なお。
ヌナの夜間せん妄は抜けない。
僕が止めているから、ドアこそノックしないけど。
僕のいない夜には、やっぱり傷を作っているのが現状だ。
僕がそばにいたって、ヌナは毎晩起き出す。
僕の名前を、とても辛そうに呼ぶ。
手を握ったり、頭を撫でたり、キスをしたり。
その時々で対処法は変わるし、回数も違うけど。
僕が本当にいたんだ、って納得するんだろう。
再び眠りに落ちるヌナの表情は、穏やかそのものだ。
ヌナは、目に見えて明るさを取り戻している。
タイムリープ前の、明るくて元気で強いヌナ。
じゃ、僕は?
ヌナの夜を見守る代わりに、昼間に眠る。
昼夜逆転の生活なんて今まで何度も経験してきたし、それが苦だと思ったことはない。
幸い、ヌナが眠る間に進められる、時間を問わない仕事が多い。
だけど。
なんだろうな。
体が重いんだ。
ヌナの笑顔を見るたびに、視界が霞むような気がする。
これって。
視力低下を原因にしてもいいのかな。
食事ならちゃんと食べてるし、睡眠時間自体はそこそこ確保できてる。
昼と夜が入れ替わるだけで、こんなに差が出るものなのか。
『僕も歳だってことかぁ...』
伸びをして、冷蔵庫にペットボトルを取りに行く。
水を一口飲んで、眠っているヌナの隣に座り、おでこにキスをする。
ヌナ。
あんなに辛い思いを、一体いつから...
ピロンッ
『...更新されたのかな』
夜間せん妄について調べ始めて、いくつか気になる著者のブログやメルマガを登録してある。
名残惜しくヌナの髪を撫でて、パソコンに向き直る。
夜間せん妄からの離脱
...一時的に回復兆候がみられても同行為が繰り返される場合は、対象者の不安の元となる原因そのものを生活から排除する必要がある。
ここでの排除は、対象者自身の努力よりけりではなく、家族や親しい間柄の人間が協力して対象者への心身的負担なく忘却させることを意味し、...
...
えっ...
ドクンッ、と音が聞こえたかと思うほど、鼓動が強く打たれた。
それと同時に、脈は加速度的に速くなり、胸の辺りが震えている。
ヌナの不安の元となる原因そのもの...?
それって。
僕、じゃないのか。