50-2.


→つづき


『一度目の「過去」をなぞって生きて、ヌナに出会う日。ヌナにどう話しかけようか迷いつつも、話しかけたら「未来」が変わってしまうことも分かってる。不思議な意識の狭間で、見上げた先の桜が咲いていると気付いた瞬間に、目も開けられないくらい眩しい光に包まれて。次に目が覚ました時にはもう、研究所の一室だったんだ』


『じゃあ...ジンの思う通りのタイミングで「現実」に覚醒できたってこと?』


タイムリープの時からそう。

ジンは何もかも、うまくやってのけてしまう。

私がタイムリープを望んだことはないけれど。

今まで見てきた、いわゆる失敗例を体現した被験者たちから、羨望の的となるのは間違いない。


『何をどうしたから、この結果になった、ってところは分からないんだ、正直。それは意識転送だけじゃなく、タイムリープの時もそうで...って!もうこの話はいいよね...また自分のことばかり。こうして目の前にヌナがいる。それが、「過去」の僕が望んだ「未来」なんだから』


タイムリープや意識転送を研究している研究者の立場としては、深掘りしたい、興味を惹くエピソードだけど。


...そうだね。

確かに、もうこれ以上はいいかもしれない。


ジンの言う通り、多分答えは出ないだろう。

ジンが「過去」でどううまく立ち振る舞ってきたのかを聞いたところで、私への慰みにはならない。


ジンが「過去」で何を思って、「現在」の私を目指すために帰ってきてくれたか。

どれだけの想いを「過去」から「未来」へ繋げてきてくれたか。


それが分かっただけでも、痛みに慣れ過ぎた胸が、ふわっと軽くなるのを感じた。



『僕は、ヌナが何も話さない、怒りも泣きもしないこと、ダメなことだって気付かなかった。ううん、気付いていたのに僕を受け入れてくれたって都合良く解釈して、ずるく立ち回ってたんだ。本当に僕は何をしていたんだろうな』


『...それは分かった...だけど、どうしてそれに気付けたの?』


『東条さんだよ』


ここへ来て...また先輩?


『ヌナのことで東条さんに話を聞いてもらってたんだ。タイムリープを始めた頃からね。僕にはヒョンって存在がいなかったから、なんだか勝手に甘えちゃって。東条さんはヌナのこと...嫉妬しちゃうほど理解してるし。そういうのを良いアドバイスとして受け取ってたんだけど...今日ね、決定打を打たれちゃったんだ。東条さんはヌナを恋愛対象として見てるって。それが分かった瞬間、めちゃくちゃ遅いんだけど、間違いに気付けた。ものすごくヤキモチ妬いたんだよね、ヌナと東条さんの関係に』


前髪から滴る雨を拭う長い指の向こうには、バツ悪そうな硬い表情が見える。


...?

恋愛対象...?


『東条さんがヌナを好きなのは、もうタイムリープする前から分かってた。ヌナの話ぶりを聞いてると、ヌナも...僕と出会う前、昔は好きだったんじゃないかなって思ってた』


「えっ...東条先輩がっ!?私がっ!?」


『ヌナ...無意識なの?ダメだよ、本当。絶対、東条さんはヌナを好きだよ?』


ジンの深い呆れのため息が、私を足元から煙(けむ)に巻く。


『そんなわけないでしょ!私が大学院の頃からずーっと一緒にいるけど、そんなの感じたことないし!いつも意地悪ばっかり、ランチもしょっちゅう奢らされて...あ...』


『ん?』


困ったことに、心当たりに辿り着いてしまった。


『いや、大変な時はいつも助けてくれて、特にジンのタイムリープ試験が始まってからは、かなり頼らせてもらってたかなーって...』


『そこ突かれると、もう僕は何も言えないんだけど』


濡れた髪をかき上げ、苦笑いがサマになる。

ずるいよ。

好きになるでしょ、また。


『ヌナはかわいいし優しいし元気いっぱい、そばにいるだけで明るくて幸せな気持ちにさせてくれるんだ。ヌナ自身が思わせぶりな態度取ってなくても、周りにはヌナを大切に想う人でいっぱいなんだよ?その中でも一番想ってるのが...』


『先輩ってこと?』


東条先輩が私を、というのは本当に思ってもみなかったし、多分ジンの勘違いだろう。

全くもって信じられない。

私への態度を思い返して、あれらが「好き」から来るものなら。

先輩は、小学生か中学生だ。


ただ。

私が先輩に対して一歩踏み出すタイミングが、ジンと再会したことで流れたことは、確かだ。

ジンとこんな話をしなければ、弱さに堕ちた私が、先輩に心を委ねようとしていたことに、私自身、気付けなかったかも知れない。


それほどに私は、ジンを見つめ過ぎて私を見失っていた。


これは。

ジンには言えないな。

絶対...


つづく→