50-1.


あの日に足りなかった言葉を、いま。



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梅雨も終盤。

さっきまでの私のため息で厚くなった雲からは、雨粒が激しく落ちてきた。


『ヌナ!』


二人で、雨を避けられそうな大きな木の元へと走る。


「この木、桜...」


『あぁ、そうだね。ヌナと出会った土手にあった大きな木みたいだ』


そうだ。

あの場所で、ジンと出会った。

それが間違いではなかったと、今までずっと、祈るような気持ちでジンのそばにいたんだ。


『意識転送した時にね...』


濡れた前髪を掻き分けて見上げる私に、ジンがビクッと肩を震わせた。


『あっいや!聞きたくなかったら話さないんだけどっ』


私、そんなに怖い?


『いや?なんでも話すんでしょ?話そうと思ったのなら話せば?』


うん、怖いな、私。


『あ、ありがとう...あのね、「過去」へ意識転送して「現在」へ戻ってくる時は、意識転送した前日になるらしいんだ』


『それは、聞いてる』


当たり前でしょ...


『そっ、そうだよね...それでね、そうだとすると、僕は意識転送した「過去」でヌナに出会うことになるでしょ?』


『あ、そう...だね...』


なんだろ。

ジンが、「彼女」や「仲間」と過ごしてきた「過去」の延長線上にある「未来」に、私はいないものだと思い込んでいた。


『あの桜の木の下で出会った時からやり直すなんて、僕には必要なかった。ヌナと出会ってから塗り替えたい日なんて一日もなかったから。だから、僕は必ず、あの桜の木の下にいるヌナに声をかけるまでに「現在」へ覚醒する必要があったんだ』


『そんなの、自分で操作してできることじゃないよね?』


『うん。それにあの日に、ヌナがあの場所にいるか、僕があの場所に行けるかどうかも分からない。だから、「過去」でヌナとの日々を思い出した時から、一度目の過去をずっとなぞって生きていたんだ』


...私に会うために?


『えっ...それじゃなんのために意識転送したのよ。「過去」でもう一度自分の人生やり直すためだったでしょ?「仲間」と...「彼女」と楽しい青春を生き直すために』


卑屈もここまで来ると、天邪鬼にしか見えない。


それを見透かしたのか、ジンが優しく微笑む。


『違ったんだ』


「え?」


『違ってたのに、間違ったんだ。全部僕のせい。ヌナはもちろん、「仲間」の誰も...「彼女」すら悪くない。悪いのは僕だよ』


そんな...

そんなの...


『僕が「過去」へ行くと決めたのは「現在」でヌナと幸せになるためだった。「過去」での過ちを清算して正々堂々、ヌナと幸せになるためだった』


そうだよ、そうだったはずだよ...


瞬きもせず見つめる私に、少し笑って、ジンは溢れる涙を拭ってくれた。


『ヌナ。ごめんね、本当にごめん。

再会した日からも僕はずっとヌナを傷付けてたね。分かったようで何も分かっていなかった。余計なことばかり話して、肝心なことを話してなかったよね。僕がどんなふうに「過去」を生きたか、どんな気持ちで「現在」へ覚醒したか、そして、ヌナとどんな「未来」を歩みたいか。それを順を追って説明しなくちゃいけなかったのに』


そっか...

そうなんだ。

そうだったんだ。


私が欲しかったものを、ジンが教えてくれる。

ジンに出会ったあの日から。


私には、ジンが答えだったんだ。


つづく→