東条Side 22-2.
→つづき
『あの...あの事故の時の傷なんですか?でも、結構日が経ってるみたいだし、どうしてあんなに細かな傷がたくさんなのかなって。ヌナ隠してるし...だから僕もそのことには触れないんですけど』
火は消えるどころか、静かに燃え広がった。
「お前のせいだよ」
喉が締まって声が出ない。
本当は怒鳴り散らしたいくらいだ。
だけど、その熱量を今、ここに注ぎ込むほどの気力がない。
瑞上が、不憫だ。
『全部、全部お前のせいだって。まだ気付かないのかよ?本当、心底腹立つよ』
あいつが、どんな気持ちで彼といるのか。
『僕のせい...』
俺に怯える顔が美しいのは仕方ないとしても。
何も知らない真っ直ぐな瞳は、俺の怒りを増幅させる。
「あいつはまだ...」
『東条さん...』
勢いで掴んでしまった彼の襟元から力を緩める。
『過去を...君を失ったと感じたあの日をずっと繰り返してるのかもしれない。今も毎夜、眠るたびに』
『事故は関係ないってことですか?』
ここまで思い当たる節が本人にないっていうのも。
...哀しくなるな。
『あいつ...自分の部屋のドアをずっとノックし続けてるみたいなんだ。下手したら一晩中』
『あっ...あのヌナはっ...今はどういう状況なんですか?夜中にノックし続けるって...』
分からないから質問するんだろうけど。
知っておくべきことを知らずにいる彼のことは、滑稽にも思えた。
『君に声をかけてるんだろな。ドアの向こうから出てこない君を待ってる。君が過去へタイムリープしている時に、『彼女』という存在に囚われておかしくなったろ?毎日、君の部屋まで食事を届けていたこと、忘れたのか?』
『ドアの...向こう側にヌナが...?』
あぁ。
あの時の彼は。
「過去」に心の重心が傾いていたから。
きっと記憶があいまいだろうし、なんなら瑞上のいる「現在」の方が幻だとか、夢だとか。
そんなこと言ってたっけ。
彼から手を離し、ソファの背もたれにゆっくりもたれかかった。
「どうしようもねぇな、全く
...」
瑞上の心が抱えた傷は、彼が「現在」に帰ってきたことで、むしろ大きくなり続けているんじゃないだろうか。
『ドアを叩き続けて怪我してるんだ。眠っている間のことだから本人も意識がないし、痛みを感じにくいから、それで目が覚めることもない。夜間せん妄ってやつ。ちょっと調べたら、いくつも症例が出てくる』
困惑の表情がより濃くなる。
本当に、何も知らなかったんだ。
瑞上は敢えて、彼に話さなかったんだろう。
『アイツの寝室のドア、見てないのか。血で黒く染まってたよ』
『!』
俺の先の言葉で、一瞬にして目つきが変わったのが分かった。
鋭い敵意を感じる。
『そんなことっ...なんで、そんなこと東条さんがっ...』
なんだ...?
おい、まさか。
『うるせぇ、もう黙れよ』
この期に及んで、俺に嫉妬か。
青過ぎるよ、彼氏くん。
そんなつまらない心の動きより。
瑞上を守ってやってくれよ。
大切にしてやってくれよ。
もう。
泣かさないでやってくれよ。
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心底腹が立つ。
こんなに好きだと自覚しながら。
瑞上の手を取らない、俺に。