東条side 19-2.


→つづき


「東条先輩?」


「おぉっ!?...おまっ...急に声かけるなよっ」


驚いた拍子に派手な音を立ててスマホを床に落としてしまった。


「いや、何回か声かけましたけど...」


「で、なんだよ?」


瑞上は、悪くない。


「あの、月末のシンポジウムのことで...」


「おぉ、久しぶりにエヴァンズ博士が来てくれるから、盛り上がりそうだな」


大学院生だった瑞上を、韓国のシンポジウムに初めて招待した時にイギリスから来韓していたのが、エヴァンズ博士だ。


「あっ、あの!今回はカンさんに出席してもらおうかと」


え...


「なんで?お前、めちゃくちゃ楽しみにしてたろ?」


俺だって久々にお前と...その他大勢での出張、楽しみにしてたのに。


「やっぱり...その...泊まりになりますよね?」


「釜山だからな。親睦会もあるだろうし...」


瑞上の白い指に、新しい傷があるのが目に留まった。


...そうか。


自分で自分をコントロールできない今、自宅以外の場所へ行くのが怖いんだな。


環境が変われば、せん妄の度合いも軽くなる、と書かれた文献があったが...

こればっかりは本人にも分からないことだ。


「すみません...最近あんまり体調良くなくて。枕変わっちゃうと眠れなくなるし、今回は自粛しようかなって」


その小さな傷が隠している秘密は、お前にとって、とてつもなく大きいものなんだろう。


気にするな、と言ってやりたい。


なんなら。

眠っている瑞上をそばで見ていてやりたい。

起き出したら目を覚ましてやりたい。

怪我をしないように守ってやりたい。


それを瑞上に伝えることが、瑞上の心を壊しかねないことを理解しているから。


これ以上、近付けないんだ。



「もう、歳ですかね」


照れ笑いにも見える苦しい口元を、今すぐ安心させてやれるのは。

俺じゃ無理か?


「ま、そうなのかもな。分かった、養生しろよ」


「あっ...ありがとうございますっ...変更の手配は私の方で済ませておきますので、承認だけお願いします」


嘘を纏う背中を、いつも俺がどんな表情で見送ってるか。


お前、考えたことあるか。