【作品名】

「いまを生きる(原題:Deap Poets Society)」

 

【製作国】

アメリカ

 

【監督】

ピーター・ウィアー

 

【出演】

ロビン・ウィリアムズ、ロバート・ショーン・レナード、イーサン・ホーク

 

【公開】

1990年3月24日(日本)

 

第62回アカデミー賞脚本賞を受賞。

 

 

 

【あらすじ】

1959年バーモントの全寮制学院ウェルトン・アカデミーの新学期に、同校のOBである英語教師ジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してきた。ノーラン校長(ノーマン・ロイド)の指導の下、厳格な規則に縛られている学生たちに、キーティングは「プリチャードの教科書なんか破り捨てろ」と言い放ち、の本当の素晴らしさ、生きることの素晴らしさについて教えようとする。ある日の授業では、キーティングは突然机の上に立ち、「私はこの机の上に立ち、思い出す。常に物事は別の視点で見なければならないことを! ほら、ここからは世界がまったく違って見える」と話す。生徒も机の上に立たせ、降りようとした際には「待て、レミングのように降りるんじゃない! そこから周りをきちんと見渡してみろ」と諭す。キーティングの風変わりな授業に最初は戸惑う生徒たちだったが、次第に行動力を刺激され、新鮮な考えや、規則や親の期待に縛られない自由な生き方に目覚めていくのだった。

ある日、生徒のニール(ロバート・ショーン・レナード)は学校の古い学生年鑑を読み、キーティングが学生時代に「デッド・ポエッツ・ソサエティ(死せる詩人の会)」というクラブを作っていたことを知る。ニールは同級生のダルトン(ゲイル・ハンセン)やノックス(ジョシュ・チャールズ)らとともに、近くの洞窟でクラブを再開させる。会の合言葉はヘンリー・デイヴィッド・ソローの回想録『ウォールデン 森の生活』にある一節「私は生きることの真髄を心ゆくまで味わいたい」である。ニールのルームメイトである転校生のトッド(イーサン・ホーク)も、誘われるまま「死せる詩人の会」に加わった。そして彼らは自らを語り合うことで、自分がやりたいものは何か自覚していくのだった。ノックスは偶然知り合ったクリス(アレキサンドラ・パワーズ)という娘に恋をし、ダルトンは女子学生を学院に入学させるべきだと主張する。ニールは俳優を志して『真夏の夜の夢』の舞台に立つことを決心するが、ニールの父親(カートウッド・スミス)からは舞台に立つことを反対されてしまう。

(wikipedie引用)

 

 

【みたきっかけ】

地元のそこそこ仲の良い、竣平っていう友達が「これいいよ。これみたら人の言うことなんて、もうなんでもいいってなるよ。俺DVDまで買っちゃったんだから」って言ってそれをぼくに貸してくれて。忙しくて?なかなか見れてなくて長い間借りていたのは本当に申し訳ないです。

 

 

【感想】

キャメロンくずすぎ。くずい。ニール他の方法あったでしょ?自殺という手段は選んじゃだめだって。親の周りから責めるとか、自殺する振りをして「お父さんが自分のやりたいことを認めてくれないなら死んだほうがましだ!」って鉄砲を自分に向けながら親に言うとか、そんな感じでもっと賢い伝え方があったんじゃないかなって思う。その息子の死ぬという選択に対して学校側を責めるというニールの両親の何も届いていない感じ。まぁそこがリアルでこの映画の深さなんだろうけど、いや息子と口論になって息子が自殺しても自分には何も感じないのかぁって。親としてどうなのって思いました。それと僕が親の立場だったら何て言い返すかなって。超進学校に通っていて、名門大への道がほぼ確約されているけど、子供がぼくはお笑いがやりたいとか、芸術が好きだとかいい始めて高校を辞めるとか専門大に行くって言い始めたら…。いまのい道をいけば安泰なのに、自分の好きを求めて…。ぼくならなんとかうまいこと説得してその道一本にさせるのは防ぐかな。勉強最低限よりながらならいいよとか、大学でた後ならいいよとか。単純にリスクの方がでかすぎる。いまを生きろ、明日死ぬかもしれないからとかいうけどさ、じゃあ明日死ぬかもしれないから今日豪遊して貯金ゼロにする?それは愚かだよね?少しはこれからのこととか、現実をみなくてはいけないんです。お笑いとか芸術の世界って自分は懸命に努力して、自分の中でこれはおもしろいって思っていてもそれが世間には全く評価されないって、なんかそう考えると難しい世界だなって。あと、ぼくはきっとわざわざ退学させられるかもしれないリスクを背負ってまで「死せる詩人の会」に入らないだろうし、仲間からの声を恐れてキャメロンみたいに告げ口もしないなって。ぼくは割とさめているところがあるのかもしれないなぁ。その置かれた状況を受け入れるっていうのも大事な気がするんだよね。じゃないと進歩と満足が生まれないっていうか。あと先生かわいそうすぎるでしょ。全部先生のせいなんてそんなバカな。でもこの先生を配属した校長が一番のミスだと思うね。なぜこの先生をその学校にいれたのって感じ。あと野球じゃなくてサッカーなんだね。

 

 

【作品の特徴】

第62回アカデミー賞脚本賞を受賞しているだけあって、終わりがなんとも言えないんだよね。ヒューマン映画にありがちな、ハッピーエンドではまるでなくて、でも少しだけハッピーな要素も残ってて。最後まで担任の言葉が響かずに、先生を追放に追い込む(ネタばれ?)生徒もいて、でもそこがまたリアルなんですよね。この映画の趣旨の自分の本当の考えっていうものを表しているというか。ちょっと邦訳がいまいちかもです。そもそもseize the dayっていまを生きるって訳す?ぼくなら「その日だけにしかないものを掴むんだ」って訳すかな。

 

 

【響いた言葉】

  • Seize the day(その日を掴め)
  • ロバート・フロストは言った。「森に2つの分かれ道があった。人の通らぬ道を行こう。全てが変わる」

 

【学んだこと】

どんな状況でも自殺という道を選びたくないなぁ。Carpe Diem、Seize the day、今を生きろ。いつ死ぬかわからないんだから、今日を楽しむ気持ちを忘れちゃいけないなって。これからもしくは未来のために必要なことに時間を割いている時でも(受験勉強とかね)、帰り道にファミチキを買うとか友達と話すとか、そんな少しくらい楽しみを入れていくべきなんじゃないのかなって思いました。ぼくは24時間勉強できるタイプじゃないなって。6時間勉強して、2時間くらい遊んでないとやってられない人間です。

 

 

【最後に一言】

ぼくって意外と現実主義者なのかもね。正直この映画をみても、そこまで感化されませんでした。