新聞は政府の政策を伝えるだけじゃないの?しんぶん赤旗(2/27)1面(上)/資料提出したって参加するのと同じことじゃないの?朝日新聞(2/27)4面(下)
日曜日の昨日(2/27)、昼頃起きて、ぼけっとしながら、日経の一枚目をめくったら、記事の内容に目を疑った。前の日(2/26)に政府が行った3回めの「社会保障改革を議論する集中検討会議」に、いわゆる5大新聞社の社員が委員として呼ばれ、年金のあり方とその財源について、政府に意見したというのだ。
国民の意見より、財界から広告費をもらている新聞社の意見が第一?=日本経済新聞(2/27)3面
税や福祉の民間の有識者や国民の意見を聞きたいというのならわかるが、社説以外では政府や民間の会議や意見を載せる立場の新聞社の意見を政府が聞くなんて聞いたことがない。
菅直人は、今度は新聞社の意見を『丸のみ』して、政府のやり方に口出しをさせないようにするつもりなのか...
そして、驚くべきことに、新聞各社が出してきた案は、年金の基礎年金部分を消費税増税で国民に負担させることで一致していたのだ。読者に購読料をもらって成り立つ新聞社が、そろいもそろって、軽々に国民にもっと税金を納めろなどという。
ぼくに金払わせて経営が成り立つ新聞社が、ぼくに政府にもっと税金を払えなどと言う。なにさまのつもりだ!
最初に怒りがこみあげてきて、やがてあきれてしまた。
みっともないのは朝日の記事、社説(新聞社の考え)をまとめて、政府に資料として提出しておきながら、論説主幹は「こうして会議に主席して論議に参加することは、政策立案に関与することになると判断し、お断りしました。」、と論議に参加しなければ、問題ないと開き直っている。つらよごしだ!
それにしても、菅直人は何のために3回めの「社会保障改革を議論する集中検討会議」に新聞社の代表を呼んで論議させたのか? そして、なんでそろいもそろって5社とも基礎年金または社会保障の財源として消費税を充てろと主張したのか?
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消費税増税を主張する政府にとって恐いのは世論だ。いろんな世論調査を観ていると、消費税増税に反対するひとが、賛成するひとより10%くらい上回るようになってきた。 もともと消費税増税になると暮らしが成り立たなくなる低所得者層に加え、政府支出の大幅なカット-①例えば民間より高額な公務員人件費の削減や議員給与の削減が進んでいないこと、②高速道路無料化や公共事業、子供手当てなどが、十分に景気刺激効果をあげておらず、単なる『バラマキ』になっている。-がじゅうぶんに行われていないとの認識なのに、更に国民にだけ負担を押し付けようとする姿勢を嫌気しているからだ。
とりわけ、昨年末から年初にかけて各地で広がったタイガーマスク運動は、子供手当てが給付されているにもかかわらず、その恩恵を十分に受けられない児童擁護施設に、各地の国民が救いの手を差し伸べて、その結果、子育て支援が子供手当てでは十分でないことを証明してしまた。
そんな消費税増税反対ムードをなんとか賛成にもっていきたいと政府は考えている。そこで、国民がみずから定期購読している新聞に、消費税増税は国民の安心・安全に欠かせない、と書いてもらいたいのだろう。新聞の論調を通じて世論を政府の消費税増税策に賛成させようという思惑(おもわく)だ。
それにしても、どうして新聞社は政府に協力するようなかたちで、各社とも基礎年金や社会保障の財源として、消費税の増税を提案したのか?
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その背景には各社とも購読部数の減少で、企業や、ときには政治団体の広告収入に頼らざるを得ない背景がある。とりわけ経団連は基礎年金の企業負担を無くし、国民に負担させることによって人件費の削減をもくろんでいるから、新聞各社の幹部に、企業広告を新聞に載せるかわりに、「消費税増税を訴えろ」という圧力をかけやすい。
大型顧客である大企業のスポンサーを失ったら新聞社にとって大幅な減収になって大問題になる。新聞社の幹部にとって、大企業の顔色をうかがって、大企業の消費税増税の意見を代弁することは、新聞社の存続のために不可欠なのだ。この事情は5大新聞にとって共通の問題だから、あれこれ少しずつかたちを変えても、根幹は消費税の増税という結論に達するのである。新聞社にとって新聞の購読者よりも大企業の意見のほうが大切なのだ!
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政府による「国民の税と社会保障の会議」に大きな世論形成能力がある新聞社が呼ばれ、企業側に有利な国民にとって不利益な意見が参考にされたことは重大な問題である。政府と企業が結託して消費税増税の正当化をそろって新聞社によって世論に訴え、国民の思考を停止させ、新聞社の意見に思考を誘導させ、国民に何の疑問ももたせず、不利益をこうらせるからである。そして数の力で消費税反対を唱えるひとの言論を萎縮(いしゅく)させる言論統制に向かわせるからである。
この政府による大新聞各社の取り込みを図り、政府の言いなりにさせようとする謀略は、かつて戦前に2大政党による政治が不毛な論争にあけくれ、農民などの国民の窮乏を見るにみかねた青年将校による政治家暗殺事件、二・二六事件とくしくも同じ日に行われた。
この軍隊ならぬ政府の、新聞社取り込みのためのクーデター『平成の二・二六事件』によって新聞社を傘下に治めた戦後の体制翼賛政治がいよいよ本格的に幕を開けたのだ。


