(昨日から続く) 昨日のブログはここをクリック

この写真は昨日バスの車窓から撮影した仮設住宅


うはらのさと から
うはらのさと から  うはらのさと から
木造在来工法で建設中だ。(写真をクリックすると拡大します)

最初見たときは仮設住宅とは思わなかったが、基礎部分が木杭なので、仮設住宅だと分かった。


プレハブ住宅が不足したか、地元の大工さんの仕事を増やす配慮か、このような現場は幾つもあった。




街の中には、このような光景は至る所にある。早期の復興が望まれる。

うはらのさと から  うはらのさと から
うはらのさと から  うはらのさと から
写真をクリックすると拡大します。


これは、製紙工場へのJR貨物 引込線。

うはらのさと から

うはらのさと から

航空写真(Google)でも貨車が脱線しているのが写っている。

(上の画像の赤枠内)


午後3時半になり今回のボランティア活動を終了した。

バスが待つ「やまとの湯」駐車場で一同記念撮影をした。

うはらのさと から
達成感(?)からか、皆さん良い表情をしている。


その後、バスに揺られて神戸に向かったが、途中、温泉のある道の駅に立ち寄り、一風呂浴びてサッパリすることが出来た。仕事中は頼りないリーダー(スタッフ)やったけど、このサプライズだけは評価できる。



◆ボランティア不足◆

5月の連休が終わったらボランティアさんが減ったらしい。

仕事は幾らでもあるので、ボランティアに来てほしいと、現地のボラセンは言っている。


◆体力勝負?◆

今回のボランティア募集時に「重労働 体力に自信のある人」などの条件が付いていたので、高齢者が参加することに躊躇したが、終わってみると何のこともなかった。

むしろ、豊富な知識や経験から60代の人が一番頼り甲斐があり、活躍したと思う。

腰痛の危険がある人は、重いものを持つときは、若い人が代わるなどグループ内での思いやりも生まれて、楽しくボランティアができた。

体力的には、7,8Kmのウオーキングが出来る人なら、まず大丈夫と思われる。


◆リーダー(指揮官)について◆

スタッフが各グループのリーダーになったが、道具の名前すら分からないような素人がリーダーとなったので、最初からもたついた。

精通した人がリーダーとなり、的確な指示を出していたら、作業がもっと迅速に進んだと思う。

ボランティアといえども、成果を上げることを目的に来ているのだから、結果に物足りなさを感じる人が多かった。


◆このブログを見てくれた皆さん◆
宮城県には

「笹かまぼこ」や「牛タン」などおいしい土産品がたくさんあります。

被災地支援のために東北の土産品を買いましょう。


◆13日から被災地へ◆

私は13日から再度宮城県東松島市と石巻市にボランティアに行きます。

土産品を欲しい人はEメールで品名や個数、住所、電話番号を今日(12日)中に知らせてください。

現地から宅配便の代引きで 送るように手配します。


10日のブログ を見た神戸の人から、「岩手の『かもめの玉子 』6個入りを○○個買ってきて」と早速注文を受けた。

ネットで調べると、4月25日から営業を再開したらしい。うれしい限り!




石巻市(被災地)支援 活動報告は今回で終ります。

来週ボランティアから帰るまでブログは休みます。




◆追伸

被災地で発注した土産品が宅配便で届いたと堺市の女性から連絡があった。

中でも、燻り牛タン(ペッパー味)が絶品で、更に欲しいと30個の追加注文を受けた。ありがたい限り!








(昨日から続く) 昨日のブログはここをクリック

昨夜は早く寝たので、朝5時に目が覚めた。

(自宅では5時に起きることなど滅多にないが・・・)


あさ風呂に入ろうとロビーを歩いていたら

うはらのさと から
朝日に映える松島がきれい。


石巻市で一日過ごしたことで、被災地の様子が分かってきた。

我々が作業をした地域のスーパーマーケットやコンビニはすでに営業を再開しており、昼食(弁当やおにぎり)を買うことができた。


神戸を発つときは、食事は完全自己完結型が要求されたので、

うはらのさと から
非常用保存食を湯沸し用ストーブと共に持参したが使用することがなかった。


五目ご飯やきなこ餅などは ととやみち  をトレッキング したときに既に試食したが、いずれも優れもので、味も満足できる。

うはらのさと から  うはらのさと から
大震災後はこれらの商品も品薄らしいが、人と防災未来センター 東館1階の売店まで行けば買うことができる。

非常用保存食は常備しておき、古く(賞味期限は5年)なれば、山歩きやキャンプなどで消費すればよい。



今日も、昨日と同じ地区に入る。 沿道の戸口には、
うはらのさと から
神戸でもあったが、このような張り紙を見ながら、目的地に向かう。




今日は、今回のボランティアのハイライト! 床下の泥だし作業だ!

グループ一同、いよいよ来たか! と言うような表情。


この家は1階床上1.5m位まで水に浸かった。

うはらのさと から  
地震の被害は軽微で、津波で水没した部分を修理して再使用するので、床下の泥出しを依頼したと思われる。


Before
うはらのさと から  うはらのさと から
床板は撤去してあったが、根太が残っており、床束の根絡みも残っている。作業効率が悪いので一時撤去しようかとも話したが、内部に溜まった泥を触ってみると、ケーキ状に固まり、丁度手ごろな大きさにひび割れしている。(写真をクリックすると拡大します)


泥の厚みは5cm内外で、手で泥をすくい上げるようにすると簡単に掴み出すことが出来る。そこで、根太などはそのままで、手で土嚢袋に入れることにした。

After
うはらのさと から  うはらのさと から
多人数のマンパワーはすごいもので、しばらくすると床下はきれいになった。


この泥は何処から来たのか?

海底に溜まったヘドロを津波が運んできたものだろう。

沿岸部にはいろんな工場があり、この地区には製紙工場もあることから、うかがい知れる。





◆今回の大震災で、地震による建物被害はなく、津波被害で再使用不能になった家の持ち主が私に話した言葉が忘れられない。


「耐震改修(補強)をした家も、しなかった家も、津波が来たら一緒だった。高い金をかけて耐震改修などしない方が良かった」





(明日に続く) 明日のブログはここをクリック




(昨日から続く) 昨日のブログはここをクリック

いよいよボランティアが始まった。


うはらのさと から

我々グループはニーズ票に基づき、赤い楕円形あたりの個人住宅に向かった。


うはらのさと から
この航空写真はグーグルから転用したもの。震災後の写真で被害状況が写っている。


うはらのさと から  うはらのさと から
被災地の状況。この辺りは2階の床近くまで津波が押し寄せたところ。

うはらのさと から  うはらのさと から
至る所に自動車が転がっている。所有者に代わり市長が車両を移動する旨の掲示をしてあるが、手が回らないのか、手つかずの状態で放置されている。(写真をクリックすると拡大します)


最初に伺ったお家は、2階の床近くまで津波で水に浸かったが、母屋は流されてない。しかし、プレハブ物置が流れてきて建物に食い込んでいる。


部屋の中は、天井裏に敷き詰めた断熱材が水を吸って、その重みで天井板がすべて落下していた。また、2斗(30Kg)入りの玄米などが外部から漂着して足の踏み場もない状態だった。


あまりのひどさに写真を撮ることを忘れた。


兎に角、家具、電化製品の運び出しと、畳や漂着物を搬出した。



午後からのお宅は庭一面に漂着物の山。足の踏み場もない状態。

Before

うはらのさと から  うはらのさと から
家具などを搬出して欲しいと言うが、先ず進入路づくりから始めた。

右の写真で自動車が車庫内に駐車しているように見えるが、実は遠くから漂着した車


うはらのさと から
思わず、ギョッとする。

屋内の家具や漂着物の搬出を急ぐ理由の一つに、行方不明者の捜索がある。警察や自衛隊の捜索は屋外だけで、建物内部は手が付けられていない。2斗(30Kg)入りの玄米などと共に人間も漂着している可能性があると聞かされていたので、上の写真を見たときにはびっくりした。


After
うはらのさと から  うはらのさと から
玄関と庭先から家具などを搬出した。
左の写真で遠方に見える自動車が、手前の車庫から流されて、裏の家に引っかかった状態。此方からしか出口がないので、レッカー車を手配して引っ張り出す予定。



午後3時に一日目の作業を終了した。

作業終了後は、その報告のために、専修大学構内に設けられた災害ボラセンに向かうことになる。車内が汚れないように、外で長靴を履き替え、作業着を着替えてバスに乗り込む。


6時ごろ松島のホテルに到着した。良いホテルに泊まれてよかった。

うはらのさと から

部屋は5人部屋でまぁまぁの広さ。早々に入浴し、夕食を済ませる。


5月3日のブログ を見てくれた堺市の皆さんから受付けた土産品の発注のためにホテル売店に向かう。


売店で100個超の土産品を注文したが、津波被害のために品切れ商品があり、代替え品に交換したり断念したりした。


◆謝辞◆

堺市のみなさん

被災地支援のためにたくさんの土産品を買っていただきありがとうございました。趣旨を話したら、売店の皆さんは大変喜んでいました。
宅配便の代引きで発送を手配しましたので、間もなく届くと思います。


◆このブログを見てくれた皆さん◆
宮城県には

「笹かまぼこ」や「牛タン」などおいしい土産品がたくさんあります。

被災地支援のために東北の土産品を買いましょう。


未曽有の大災害には息の長い支援が必要です。



(明日に続く) 明日のブログはここをクリック

東日本大震災で津波被害を受けた石巻市(被災地)支援ボランティア から今朝戻った。


5月6日14:30から9日9:00まで3泊4日の支援の旅だったが、その概要をこれから数日にわたって記載しようと思う。


6日15:30から神戸市役所1階ロビーで受付が始まった。

今回の募集は40名だったが、最終的に参加したボランティアは38名。


その年齢層は、20代から60代までで、20代から40代と思われる女性が6名いた。

私は最高齢ではなかったが、まぁ・・・それに近かった。


うはらのさと から  うはらのさと から
16:00から簡単な出発式があり、


うはらのさと から

16:20いよいよ出発。


うはらのさと から  うはらのさと から

我々のバスは2号車。ボランティア19名とスタッフ3名の22名で、後部座席に座る人には申し訳なかったが、1人で2席を使えて良かった。


車内を見渡してみると、高齢者には2席割り振ってあったように思う。

               ↓

バスは名神高速道路~北陸自動車道~(新潟経由)磐越自動車道~東北自動車道~仙台市を経て石巻市に向かう。

7日早朝、いよいよ宮城県石巻市にバスは入った。

               ↓


うはらのさと から  うはらのさと から
車窓から津波の爪痕が見える。

うはらのさと から  うはらのさと から
「震災時給油可能SS」と書かれたガソリンスタンド。



目的地、石巻市の「やまとの湯」前の駐車場に8:30到着した。

神戸を出てから16時間チョットかかった。


うはらのさと から  うはらのさと から
すでに車内で着替えを済ましているので、即ボランティアにかかれる。


うはらのさと から
隣に駐車したのは石川県からのボランティアバス。これ以外にも、三田市からのバスや全国各地から支援バスがやって来ている。


うはらのさと から
スタッフが現地ボランティアから支援場所の指示を受ける。


うはらのさと から
現地の災害ボラセンでは
「ニーズ票」で被災者からボランティア要請を受けており、それを全国から集まったボランティアに手渡して捌いている。


我々は10から11名(スタッフを含む)の4グループに分かれて行動した。


うはらのさと から

我々のグループが担当したのは、赤色の楕円形で示した辺り。

南側に全国酪農業協同組合連合会の工場があり、そこから津波で流されたのか、2斗(30Kg)袋入りの玄米が無数に散らばっていた。



明日のブログに続く 明日のブログはここをクリック





人と防災未来センター(人防)にボランティアに来たときは隣のJICA兵庫のレストラン(食堂)で昼食をとる。


ここには月替わりでエスニック料理がある。


うはらのさと から
今月のエスニック料理は東ティモール料理


うはらのさと から  うはらのさと から
早速注文した。

味は日本人に合わせてアレンジしてある。まあまぁの味。


 うはらのさと から  うはらのさと から
東ティモールについての案内もある。

インドネシアから独立したと思っていたが、建前上はポルトガルから独立したらしい。


うはらのさと から  うはらのさと から
ロビーでは写真展もやっている。


馴染みのない国だけど、一度は訪問してみたい。


◆お知らせ

明日から宮城県石巻市に被災地支援ボランティアに行きます。

従いまして、ブログは帰るまで休みます。


帰ったら、被災地の様子やボランティアの様子などを記載しますので、ご期待ください。