

JR須賀川駅西地区は住宅地化されていますが、画像のように開発されない空地が放置されていました。しかし、須賀川市はJR須賀川駅西地区の住環境の向上を図るため、国道4号から駅西側に至る都市計画道路、交通広場、東西自由通路、駐輪場を整備する事になりました。須賀川駅西口が整備されれば、郡山市へのアクセスも良好ですのでマンションや宅地需要が更に増す事になるでしょう。電車利用者も必然的に増えることになります。福島県内で5番目に大きない街である須賀川市の駅西口がこの状態であったのが信じられません。駅東西を自由にアクセスできる道路・通路を整備するなど当たり前のことです。郡山市の日和田駅もそうですが、これまで福島県は駅その他公共交通機関を中心とした街づくりをしてきませんでした。無秩序な郊外化が地方都市の中心市街地衰退を招く要因として今日語られています。自業自得ですよね。
国指定史跡上人壇寺跡(画像奥の丘)も史跡公園として整備されます。

この遺跡は昭和36年、JR東北本線複線電化工事に伴う発掘調査以降、数度にわたり発掘調査を行いましたが、その成果により奈良~平安時代の貴重な遺構、遣物が発見されました。全国でも発見例の少ない六角瓦塔をはじめ、数多くの瓦、円面硯(高台のついた円い硯)、土器類、さらに、規格性をもった堀立柱建物跡などが検出され、当時の当地方における政治的施設と考えられています。特に続日本紀に記載されている養老2年(718年) の石背国設置(石背郡がそれまでの統治国であった陸奥国から分かれ、白河・会津・安積・信夫の四郡とともに石背国の統治下になった)に深く関わる遺跡と考えられています。