2ヶ月ぶりに仕事でJR南武線南多摩駅に向かった。京王相模原線を稲田堤でJR南武線に乗り換える。両駅は数百メートル離れている。


川崎勤務時は毎日の通勤ルートだった。そのJR稲田堤駅そばの踏切の名前が「観光道踏切」であることに今日初めて気がついた。




「観光道」という言葉に記憶が刺激されたが、何も思い出せなかった。これ、といった観光施設もなく、多摩川対岸の調布花火大会を見るために人が集まる光景しか思い浮かばない。


確認すると、この堤防に向かう道路が観光道と呼ばれていた時代があった。かつて、日露戦争の戦勝記念に多摩川堤防に桜がうえられ、これが評判になって観光客が集まったそうだ。


稲田村の堤防だったことから当時の南武鉄道の「稲田堤」の駅名に採用された。桜並木は多摩沿線道路建設時に伐採されたとのことだった。その頃かなりの老木になっていたとの情報もある。


南多摩駅から城山通りの坂道を仕事現場に向かう。「城山」というからには、この高台には城があったのだろう。この通り沿いにある日帰り温泉は何度も利用したことがあるが、城跡には関心がなかったようだ。


多摩ニュータウン建設に伴って多くの遺跡が姿を消したが、そのひとつがここ、大丸城跡だった。多摩丘陵の突端部に位置した丘城で、北に多摩川の是政の渡しがあった。




主郭を中心に腰郭、土塁、空堀などが配されていた単郭式の城構えだった。調査が終わった遺構は、現在すべて埋め戻されて住宅地や道路になっている。


西側の城山通りを隔てた丘陵一帯が城山公園として整備されている。長い階段を目にすると登る気になれないが、『万葉集』に詠われた「多摩の横山」の風情を味わえるとのことだったが…あの階段は…。回り道があるかもしれないな。南多摩での仕事は、今月あと4日あるので、元気だったらどこかで歩いてみるか。