「人類祖語」の再構成の試みについて(97) | 気まぐれな梟

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 今日は、Simon & Garfunkelの「The Best Of Simon & Garfunkel」から、「Fakin‘ It」を聞いている。

 

(59)人称代名詞と人称接辞の類型

 

(a)アイヌ語とマヤ語の人称代名詞、人称接辞

 

 アイヌ語の人称代名詞と人称接辞のタイプは、これまで検討してきた結果、以下のように考えられる。

 

 アイヌ語 人称接辞

  1人称単数 主格    ku(ka-wa) ka型

  2人称単数 主格    e(na-ti)  na型 

  1人称単数 目的挌  en(ti-na) ti型

 アイヌ語 人称代名詞

  1人称単数 主格    ku-ani-i   ka型

  2人称単数 主格    e-ani-i  na型

  1人称単数 目的挌  en (ti-na) ti型

 マヤ語 人称接辞

  1人称単数 能格    kw(ka-na)  na型

  2人称単数 能格    akw(ma-ku) ma型 

  1人称単数 絶対挌  en(ti-na)  ti型

 マヤ語 人称代名詞

  1人称単数 能格    ni(ka-ni)  na型

  2人称単数 能格    aw(ma-ku)  ma型 

  1人称単数 絶対挌  en(ti-na)  ti型

 

 マヤ語の人称接辞の1人称単数能格のkw(ka-na)が、本来はti-na-ka-naであって、それを前後に分割した前半が、同じく1人称単数絶対挌のen(ti-na)であったとし、同じことがアイヌ語で起こったとすると、アイヌ語の人称接辞の1人称単数主格の ku(ka-wa)は、本来はti-na-ka-waであって、それを前後に分割した前半が、同じく1人称単数絶対挌のen(ti-na)であったことになる。  

 

 例えばユカテック語の人称単数能格の人称接辞がinw-で、1人称単数能格の人称代名詞がtenであるように、それが本来はti-na-ka-naであった痕跡があるものがあるが、アイヌ語の人称接辞の1人称単数主格の人称接辞にはそうしたものは見当たらない。

 

 しかし、既に見てきたように、多くの言語で人称接辞や人称代名詞の1人称単数目的格(絶対格)がti型の語形であることは、そのti型の語形と人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格(能格)のka型やna型の語形が結びついていることをしめしており、そこから、その結びつきとは、その意味は分からないが、例えばti-na-ka-naというような語形が存在したことに起源していると考えられる。

 

 しかし、そうであるとすれば、世界の言語は、人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格(能格)のka型の語形を持つ言語と同じくna型の語形を持つ言語に区分できるので、それらのka型やna型の語形と同じく目的格(絶対格)のti型の語形と対応するのは、マヤ語やアイヌ語に限ったことではない。

 

 また、マヤ語やアイヌ語の人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格(能格)の語形は同じkuであるが、それは、マヤ語ではni-kuから前半のni-が消失した結果そうなったものであり、オートトロネシア諸語の人称代名詞の1人称単数主格の語形akuが、その本来の語形のta-kuのt-が消失したものであったことから、マヤ語の人称接辞や人称代名詞の1人称単数能格の語形kuは、たまたまnではなくni-が消失した結果なのであったと考えられる。

 

 つまり、その意味では、マヤ語とアイヌ語の人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格(能格)の語形は同じkuであるのは、「偶然の一致」といえる。

 

(b)「太平洋沿岸言語圏」とは何か?

 

 松本克己の「世界言語のなかの日本語(三省堂)」(以下「松本論文」という)は、「マヤ語の人称接辞の中で共存するk-形とn-形」の人称標示は、「k-形が他動詞に接して主語(=動作主)人称、名詞に接して所有人称を表し、一方n-形が他動詞に接して目的語(=被動者)人称を表すという点に関するかぎり、これまで検討してきたメラネシア諸語やアイヌ語、さらにまたユマ諸語のそれと全く変わりがな」く、「これはまさに、マヤ諸語の人称代名詞が太平洋沿岸型に属することの動かし難い証拠と言ってよい」という。

 

 しかし、既に見てきたように、メラネシア諸語やアイヌ語の人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格の語形はka型であるが、ユマ諸語のそれはna型であって、ユマ諸語の1人称単数主格の人称代名詞の語形はnaであるので、同じくその人称接辞の語形の?は、本来のka-naから-naが脱落したkaのkであったとすると、このユマ語の「役割分担」もマヤ語のそれと同じように、たまたま-na-が消失した結果なのであり、その意味では、ユマ諸語とメラネシア諸語やアイヌ語の人称接辞や人称代名詞の1人称単数主格の語形がkaであるのは「偶然の一致」といえるのである。

 

 そして、松本論文による、「これはまさに、マヤ諸語の人称代名詞が太平洋沿岸型に属することの動かし難い証拠と言ってよい」という主張は、こうした「役割分担」の「存在」する言語こそが「太平洋沿岸型」の言語であるという主張であるが、それを根拠とするのであれば、そんな「太平洋沿岸型」の言語などは、どこにも存在しはしないのである。

 

 ここで松本論文がいう「太平洋沿岸型」の言語を、例えば、ミャン・ヤオ諸語、タイ・カダイ諸語、オーストロアジア諸語、オーストロネシア諸語、朝鮮語、日本語、アメリンド言語集団の言語のうちの太平洋沿岸の諸言語(以下「太平洋沿岸アメリンド諸語」という)であると規定すると、それらの言語集団は、それらの集団を構成する主なY染色体DNAハプログループから、O系のミャン・ヤオ諸語、タイ・カダイ諸語、オーストロアジア諸語、オーストロネシア諸語、Q系の太平洋沿岸アメリンド諸語、そして、D系の基層にO系の新層が重なった朝鮮語、日本語、C系のアイヌ語、Q系の基層にC系の新層が重なったギリヤーク語に分かれる。

 

 チベット・ビルマ諸語と同じD系やナデネ系言語集団と同じC系を除くと、残ったQ系とO系の言語集団が、松本論文がいう「太平洋沿岸型」の言語をもつ言語集団である。

 

 そしてこのことは、松本論文がいう「太平洋沿岸型」の言語の諸特徴のうち、人称代名詞や人称接辞については、Y染色体DNAハプログループのO系とQ系の言語集団のものであったこと、つまり、そうした言語集団の形成が「太平洋沿岸型」の言語の人称代名詞や人称接辞の特徴を形成したこと、そしてそこから、松本論文がいう「ユーラアシア内陸言語圏」の言語の人称代名詞や人称接辞の特徴も、Q系やO系とは別の言語集団の形成によるものであったことを示している。

 

(c)基層言語の影響

 

 世界のそれぞれの言語集団は、その言語集団を構成するY染色体DNAハプログループの種類によって分類できるのであるが、そうして分類をその言語集団のY染色体DNAハプログループの違いと対比すると、同じY染色体DNAハプログループの構成なのに言語の方が異なるというように、ずれが生じる場合がある。

 

 それらの言語集団の分布を決定した現生人類の移動と拡散が何度かあったとすると、無人の地域に行われた言語集団の初期の移動と拡散とは異なり、すでに移動と拡散が終了した後で行われた言語集団の移動と拡散では、既に存在した言語集団の上に新しい言語集団が重なったことや、その新しい言語集団が基層の言語集団の言語の影響を受けて変化するというようなことが起こったと考えられる。

 

1)モン・クメール諸語南東群とムンダ諸語

 

例えば、Y染色体DNAプログループO集団の言語集団であるミャン・ヤオ語族、オーストロアジア語族、タイ・カダイ語族、オーストロネシア語族の人称代名詞の体系は

 

1人称単数 主格  ka型

2人称単数 主格  ma型

1人称単数 目的挌 ti型  

 

であるが、オーストロアジア語族の1人称単数主格の人称代名詞は、モン・クメール諸語南東群、ムンダ諸語では

 

1人称単数 主格  na型

2人称単数 主格  ma型

1人称単数 目的挌 ti型 

 

のように、1人称単数主格が、ka型からna型に変化している。

 

 これは、モン・クメール諸語南東群は、基層のパプア諸語の

 1人称単数 主格    na型 

 2人称単数 主格    ka型 

 1人称単数 目的挌 na型

の影響で、モン・クメール諸語南東群の1人称単数主格が、Y染色体DNAプログループO集団の言語集団ka型から、Y染色体DNAプログループC2、K3、M1、S1の言語集団のna型に変化したものであり、ムンダ諸語は、Y染色体DNAプログループC5,H1の言語集団で、既に消滅したインド先住民の言語の影響を受けたためであったと考えられる。

 

 そのインド先住民はパプア諸語の言語集団とともに現生人類の第1派の移動・拡散の南方ルートに係わっていたので、インド先住民の言語の人称代名詞や人称接辞の型がパプア諸語のそれらと同じであったとすると、

 

 1人称単数 主格    na型 

 2人称単数 主格    ka型 

 1人称単数 目的挌 na型

 

のようになり、ムンダ諸語の1人称単数主格が、Y染色体DNAプログループO集団の言語集団ka型から、ムンダ諸語の言語集団がインドシナ半島からインド半島の東部に進出したときに、インド先住民であったY染色体DNAプログループC5、H1の言語集団のna型に変化たしたものであった。

 

 そうするとここでは、言語接触による人称代名詞の体系の変容は、新層言語の1人称単数主格の人称代名詞が基層言語の1人称単数主格の人称代名詞に置き換わったが、それ以外の新層言語の人称代名詞の体系は変容しなかったということがわかる。

 

2)カリブ諸語

 ナデネ言語集団及びそれが南下したナデネ系言語集団の人称代名詞の体系は

 

 ナデネ系言語集団

  1人称単数 主格    ka型

  2人称単数 主格    na型

  1人称単数 目的挌 ti型

であり、アメリンド言語集団の人称代名詞の体系は

 

アメリンド言語集団

  1人称単数 主格    na型

  2人称単数 主格    ma型

  1人称単数 目的挌 ti型

であるが、カリブ諸語の人称代名詞の基本の体系は

 

カリブ諸語

  1人称単数 主格    ka型

  2人称単数 主格    ma型

  1人称単数 目的挌 ti型

 

であり、カリブ諸語の1人称単数主格の人称代名詞は、基層のna型がナデネ系言語集団のka型に変わっている。

 

 なお、アメリンド言語集団の人称代名詞の体系は、Y染色体DNAプログループOの集団のもので、ナデネ系言語集団の人称代名詞の体系は、Y染色体DNAプログループC3の集団のものであったと考えられる。

 

 そうするとここでは、言語接触による人称代名詞の体系の変容は、基層言語の1人称単数主格の人称代名詞が新層言語の1人称単数主格の人称代名詞に置き換わるが、それ以外の新層言語の人称代名詞の体系は変容しなかったことがわかる。

 

3)ウラル諸語、チュルク諸語、モンゴル諸語、ツングース諸語、エスキモー・アリュート諸語

 

 ウラル諸語、チュルク諸語、モンゴル諸語、ツングース諸語、エスキモー・アリュート諸語の人称代名詞、人称接辞の体系は

 

 1人称単数 主格   na型

 2人称単数 主格   ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

であるが、これらの集団のY染色体DNAプログループの主な構成は、QとC3とNicまたはNibであり、そのうち、基層がQであり、その次にC3が、そして最後にNicまたはNibが重なったと考えられる。

 

 アメリンド言語集団のY染色体DNAプログループがQであり、ナデネ言語集団のY染色体DNAプログループがC3であり、ウラル諸語の言語集団のY染色体DNAプログループがN1cであったとし、それらを比較すると、

 

アメリンド言語集団 Q

 1人称単数 主格    na型

 2人称単数 主格    ma型

 1人称単数 目的挌 ti型

 

ナデネ言語集団 C3

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    na型

 1人称単数 目的挌 ti型

 

ウラル諸語  N1c

 1人称単数 主格   na型

 2人称単数 主格   ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

 これらの言語集団の間で生じた変化は、基層のQ集団の上に新層のC3集団が重なって、その1人称単数の人称代名詞が、ka型からna型に変化して

 

 1人称単数 主格    na型

 2人称単数 主格    ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

のようになり、さらにそこに新たにN1c集団が重なって、ウラル諸語の1人称単数の人称代名詞がna型に変化したとすると、そうした変化が起きる前のウラル諸語の人称代名詞の体系は、

 

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

のように想定できるが、この体系は、インド・ヨーロッパ諸語の言語集団の人称代名詞の体系の

 

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

と同じになる。

 

 また、この体系は、チュクチ・カムチャッカ諸語の言語集団の人称接辞の体系の

 

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

とも同じになる。

 

 そうすると、ユーラシア大陸内陸部では、

 

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

という人称代名詞を持つ言語集団が拡散したと考えられるが、その最終的な時期は、ウラル諸語の言語集団の拡散が約10,000年前以降、インド・ヨーロッパ諸語の言語集団の拡散が約5,000年前と想定されている。

 

 なお、これらの言語は松本論文がいう「ユーラシア内陸言語圏」の言語であるので、その「ユーラシア内陸言語圏」の大部分は、人称代名詞や人称接辞の体系からは、基層のY染色体DNAハプログループO集団に同じくC3集団が、最後にN1c集団が重なるという現生人類の移動と拡散によって形成されたものであったと考えられる。

 

4)オーストロネシア諸語

 

 オーストロネシア諸語の言語集団とタイ・カダイ諸語の言語集団のY染色体DNAハプログループは同じO1a集団であり、オーストロネシア諸語の言語集団はタイ・カダイ諸語の言語集団から分岐したと推定されるが、タイ・カダイ諸語とオーストロネシア諸語の西部オーストロネシア・ポリネシア語群の人称代名詞の体系を比較すると

 

タイ・カダイ諸語

 1人称単数 主格     ka型

 2人称単数 主格     ma型

 1人称単数 目的挌(推定形ti型)

 

オーストロネシア諸語

 西部オーストロネシア・ポリネシア語群

 1人称単数 主格          ka型

 2人称単数 主格(新)  ka型

              主格(中)  ma型

         主格(旧)    ma型

 1人称単数 目的挌    na型

 

となり、オーストロネシア諸語の西部オーストロネシア・ポリネシア語群の人称代名詞の2人称単数の主格を旧型、中型にした体系はタイ・カダイ諸語の1人称単数の目的挌をna型に変えた体系と一致する。

 

 オーストロネシア諸語が移動・拡散したインドネシアや南太平洋の島嶼の先住民の言語はパプア諸語であるが、その人称代名詞や人称接辞の体系は

 

 1人称単数 主格    na  na型 

 2人称単数 主格    ka  ka型 

 1人称単数 目的挌 ŋa    na型

 

となっているので、オーストロネシア諸語の西部オーストロネシア・ポリネシア語群の人称代名詞の2人称単数の主格がma型からka型に、同じく1人称単数の主格がti型からna型に変化したのは、パプア諸語の影響であったと考えられる。

 

 また、オーストロネシア諸語の東部オセア二ア語群の人称代名詞の体系は

 1人称単数 主格    na型

 2人称単数 主格    ka型

 1人称単数 目的挌 na型

であり、パプア諸語の人称代名詞の体系と同じになるが、これは、オーストロネシア人が東部オセアニアに移動するときに、その男系が絶えたことで、パプア諸語の集団に同化したことを反映していると考えられる。

 

 このオーストロネシア諸語とオーストロアジア諸語の例を除けば、Y染色体DNAハプログループOを持つ、ミャン・ヤオ諸語、タイ・カダイ諸語の人称代名詞や人称接辞は、

 

 1人称単数 主格    ka型

 2人称単数 主格    ma型

 1人称単数 目的挌 ti型

 

となるが、Y染色体DNAハプログループO集団とY染色体DNAハプログループN集団は共通のY染色体DNAハプログループNO集団が分岐した集団であり、Y染色体DNAハプログループQ集団やC3集団に影響を受ける前のウラル諸語の人称代名詞の体系と、例えばミャン・ヤオ諸語の人称代名詞の体系を比較すると、

 

ウラル諸語(旧)

 1人称単数 主格   ka型

 2人称単数 主格   ti型

 1人称単数 目的挌 ma型

 

ミャン・ヤオ諸語

 1人称単数 主格  ka型

 2人称単数 主格  ma型

 1人称単数 目的挌 ti型

 

となり、両者は、2人称単数の主格の語形と1人称単数の目的挌の語形が反対になっているので、NO集団が北上したO集団と南下したO集団が分岐するときに、そのように言語も分岐したのだと考えられる。

 

 そして、そうだとすると、松本論文がいう「太平洋沿岸言語圏」とは、人称代名詞や人称接辞について言えば、アメリカ大陸の太平洋沿岸部のアメリンド言語集団のY染色体DNAハプログループQ集団と東アジア南部のミヤン・ヤオ諸語やタイ・カダイ諸語、オーストロアジア諸語、オーストロネシア諸語の言語集団のY染色体DNAハプログループO集団のことであると考えられる。

 

 さらに、そのことは、松本論文が「太平洋沿岸言語圏」に含まれるという、ギリヤーク語、アイヌ語、日本語、朝鮮語の「環日本海言語圏」の人称代名詞や人称接辞の特徴は、Y染色体DNAハプログループQ集団やO集団のそれらと、果たして同一なのか?、松本論文がいう「太平洋沿岸言語圏」の特徴とは、言語集団とその言語集団のY染色体DNAハプログループの集団の分類を正しく反映しているものなのか?という問題を提起していると考えられる。

 

 そこで、次に、松本論文がいう「環日本海言語圏」について検討するが、その前に、アイヌ人とアイヌ語の歴史について検討する。