『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』

文藝春秋社 単行本 春日太一著 2023年刊行 2500円+税10

 

昭和時代の邦画ファンには最高に面白い本。これを原作に橋本氏の伝記映画を作ったらさぞ面白いものができるだろう。

 

この本が面白い理由

 

著者・春日氏のウデもあるだろうがやはり、橋本忍という人物がノンフィクションの題材として抜群に優れている。

数々の昭和の名作を書いた脚本家であり、メモ魔・記録魔なので、詳細な創作ノートの採録を基に、構想の思考経路、執筆の舞台裏が鮮明に描かれる。橋本氏は分析者としても優れているが、この本掲載のインタビューでは、その分析力を自身の人生に向け発揮、クールに解き明かしている。

 

黒澤明、山田洋次、伊丹万作、野村芳太郎、森谷司郎ら名監督勢、円谷関係でもおなじみの東宝プロデューサー陣・藤本、森、田中ら錚々たるメンバーが橋本氏の人生に関わって登場してくる。さながら「映画界版・『男の星座』」。

 

橋本氏は映画を「儲ける手段」としても捉えており、その「経営者的・戦略家的視点」の面白さ。作品がヒットした秘密が明かされる。同時に映画作りを「バクチ」としても捉えており、この視点もスリル満点で面白い。

 

周囲に「そんな映画作ってもコケるだけ」と見られながら、橋本氏は周囲の予想を次々覆えし、作品を大ヒットさせ、万馬券を的中させ続ける。この連続逆転劇の痛快さ。まるで橋本氏の脚本のような面白逆転人生が綴られる。

 

快進撃を続けた橋本氏だが、最後、『幻の湖』というトンデモ超駄作を作ってしまう。明訓高校が一回負けたから『ドカベン』が他の野球マンガと一線を画すのと同様、この「巨費を投じながらの大きすぎる惨敗劇」により橋本氏の人生は単なる敏腕脚本家ではない、ますます興味深いものとなっている。天才がなぜあれほどのドはずれ失敗作を作ってしまったか?の謎。

 

時代が「軽チャ―時代」となり、「重たい人生ドラマ」がウリの橋本脚本も時代に見棄てられる。どんな優れた人間も時代の変化には勝てない残酷さ。

 

橋本脚本は回想シーンの使い方に秘術がある。山田洋次の『幸福の黄色いハンカチ』も回想の使い方の上手さが光る作品だが、橋本氏との共作経験が活かされているのではないか。