『苦役列車』西村賢太 

新潮文庫 

ひさびさに再読した。

中篇二作を収載した本。

 

『苦役列車』

(あらすじ)

19歳、独り暮らしの貫多。

日払いのバイトを求め職探し。

港湾人足の仕事を始める。

板状の氷浸けになったタコやイカを

木製パレットに延々と移し替えるだけの

単純肉体労働。

最初は怠け癖から2、3日に一度の

出勤だったが、やがて同い年の日下部という

専門学校生の同僚友人ができ、

毎日出勤するようになる。

(結局 貫多は人恋しい)

日下部としばらくは飲みに行ったり

風俗に行ったりの付き合いが続くが、

やがて日下部に恋人がいると知る貫多。

父が性犯罪者で人生を諦めている貫多は

日下部と付き合う気がしなくなる。

貫多は日下部との仲を回復し、

日下部の恋人に女性を紹介してもらおうと

もくろみ、日下部とその恋人を

ナイター見物に招待するが、その帰りに

飲みに行った席で酔いのあまり、

日下部とその恋人に罵声を浴びせてしまう。

後日。日下部は学校のこともあるし

港湾人足の仕事を辞めると貫多に告げる。

日下部が辞める数日前、貫多は職場の

先輩とケンカ沙汰になり、クビになる。

 

(感想)

芥川賞受賞作であり、将来、西村作品で

手軽に読めるのはこの作品だけになるだろう。

しかし後年の読者にとって西村賢太入門作

としてこの作品がふさわしいかは疑問に思う。

話の面白さでいえば、

「けがれなき酒のへど」を薦めたい。

貫多の文学への思い、

あるいは女性への恋バナ的要素から見ても

「苦役列車」は物足りない。

他に面白い作品がたくさんある。

この一作だけを読んで、西村賢太はつまらない

と判断されてしまうのはあまりに惜しい。

 

西村賢太が板橋に住んでいた描写が出てくる。

俺も板橋在住なので嬉しい。

どのへんに住んでいたんだろ。

 

『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』

(あらすじ)

40歳になり作家になった貫多。

小説の原稿は少しは売れるが、

アルバイトもしないと生活できない。 

短期アルバイトが終わったある日、

激烈な腰痛に一週間近く悩まされる。

身動きとれないほどの猛烈な痛み。 

もしかして単なる腰痛でなく、

重病の兆候?と恐れる。 

人付き合いの下手さも相変わらずで

編集者とも上手く付き合えない。 

そんなある日、作品が川端賞候補になる。

現状打開のために、ぜひとも欲しい賞。

発表前日、貫多は縁起を担ぎ、ある古書店へ。

前にこの店で野間氏の本買ったら

野間賞とれたので、

今度は川端氏の本を買いに行ったのである。

首尾よく川端氏の本買えて安心する貫多。

別の本も買う。ある文学関係者の自費出版本。

そこには哀れな晩年を想像させる記述があった。

自分に待つのもこんな晩年、孤独死かもと

またも怯える。

結局川端賞は落選であった。

 

(感想)

普段コワモテの貫多が、病気に怯えたり、

不幸な晩年の予感に怯えたり、

文学賞を恋々と欲しがったりと、

外面と内面の対照の大きさが主題と

なっている。

もしも芥川賞獲れなかったら、

西村は無名のまま消えていったろう。

しかし芥川賞獲ったので、

それまでのすべての作品が、

芥川賞作家の無名時代の作品という

別の価値を帯びることになり、

この『落ちぶれて…』も興味をもって

読まれる小説になった。

やはり芥川賞は西村にとって

起死回生の大逆転ホームランであり、

そういうホームランを打てた人って

なかなかいない。

こういう、自分を卑下した作品は

自分の作品に自信が無いと書けない。

西村氏は揺るぎない自信を持っていた

と推測される。