短篇集「声」 松本清張

 

光文社文庫 松本清張短編全集05

2009年初版 当時の売価・本体629円

2023年、ブックオフで450円で買った。

ブックオフは清張先生の本は安くしない。

それだけ売れるんだろう。

 

以前読んだ「声」「顔」の面白さが印象に残っていたので

買った本。やはり面白い。清張短篇は最強。

 

「声」

主人公は新聞社の電話受付嬢。人の声を覚える天才。

300人いる社員の声も全員聞き分け出来るほど。

或る晩、彼女は勤務中に間違い電話をかけてしまう。

ところが、その時の電話で彼女が聞いたのは、

犯行中の強盗殺人犯の声だったことが後でわかる。

偶然にも殺人犯の声を聞いた女性、ということで

新聞にも実名入りで大きく取り上げられる。

数年が経過し、彼女は結婚退職した。

やがて、夫が怪しげな会社に転職する。

その会社の社員から家に掛かってきた電話を取って

主人公は驚く。

あの時の殺人犯の声!

本当にあの事件の犯人なのか、

どうにかして確認しようとする主人公。

一方、犯人も、主人公の名前から、

あの時の女性と気が付いて……

 

感想

第二の殺人が起きるまでが抜群に面白い。

後半は、「声」と関係ない、普通のアリバイ崩しモノ

になってしまうのが残念。

 

声だけとはいえ、犯人の手がかりを知っている人物を

新聞が実名入りで報道するか?という点が気になる。

同時期に清張先生が書いた「顔」では、ちゃんと、

証拠を握る人物については

警察が情報を管理しているように描かれている。

ではなぜ、「声」では、実名報道されたと清張先生は書いたのか。

 

実名報道の件が無くても、夫が気づかずに妻の経験を

転職先で何の気なしにしゃべり、それで犯人が気が付く、

というふうにすれば、物語は同じように進行できる。

でもそうすると、「夫の転職先が偶然にも犯人の会社だった」

という「偶然」に物語の展開が頼っていることが

目立ってしまうので、やむを得ず、新聞に名前が載っていたので

犯人が気付いた、というふうに描いて、

「偶然の作用」が物語に占めるウエイトを

なるべく軽くしようという狙いが

清張先生にはあったと思われる。

 

「顔」

主人公は無名の舞台俳優。映画に出る大チャンスが来る。

しかし出演をためらう主人公。誰にも言えない秘密があった。

実は主人公は殺人者であった。しかも犯行直前、

被害女性と一緒にいるところを一人の男に目撃されていた。

もしも目撃者が映画を観て「あの時の男」と気づかれたら

すべてが破綻してしまう。

主人公は映画撮影前に目撃者を殺すと決め、

目撃者を呼び出す手紙を書き投函するが…

感想

これは傑作。終盤のどんでん返しが圧巻。

 

「恋情」

時は明治時代。主人公は華族の青年。想いあった幼なじみがいる。

彼女と結婚したいと考えるが、彼女の父親が出資して

主人公は海外留学することになる。

そしてその留学の間に、女性は政略結婚させられてしまった。

父親が自分の出世のため、邪魔な主人公を海外に行かせて、

その間に娘を政略結婚させたのだ。

主人公はその後も彼女を密かに愛し続けた。

彼女の結婚生活が悲しいものであることも知った。

彼女は身分のある立場になり、雑誌などで時折短歌を発表した。

その短歌は、主人公への想いを込めたもののように

主人公には読み取れた。やがて彼女の夫は病死。

彼女が除籍となり、自分と結婚出来るようになる日を

主人公は待ち続けるが、彼女はついに亡くなった。

感想

清張先生のロマンチックが炸裂した作品。

いつものニヒリストぶりは姿を消し、淡々と粛々と純愛を描写。

しかし全体としてはやはり皮肉な苦い話なので

やはり清張作品らしいといえよう。

 

「栄楽不測」

主人公は遊び人の侍。

妹の亭主が罪により他藩へ追放されたのをいいことに、

その財産を横領し遊ぶ金に変えた。

しかし妹の亭主が予想外の早期帰藩を許され帰藩。

財産を返せと迫られる。主人公は妹との離縁を言い渡し、

財産は返せぬと言い張る。亭主は逆上し襲いかかってきた。

主人公の部下が亭主を斬り殺した。正当防衛に見せかけ、

殺人をうまくもみ消せそうになるが、

将軍の直感でバレてしまい、主人公は死罪となる。

感想

清張作品にしては珍しく、不必要と思われる描写あり。

(主人公の兄に関する部分)

 

「尊厳」

明治時代、ある県で宮様の行幸が行なわれることになった。

ある警官が先導バイクという名誉ある任務を仰せつかる。

ところが当日、道を間違える不祥事を起こしてしまう。

じゅうぶん頭に入っている道を。まさかのミス。

警官は自殺に追い込まれた。そういう時代だった。

月日が過ぎ、敗戦を経て、宮様は地位を追われ民間人となった。

元宮様は事業に次々と失敗、財産を失った。

いっぽう、自殺した警官の息子は、人の嫌がる仕事や闇仕事で

苦労して大金を貯めた。息子は身元を隠し、元宮様に接近。

息子は、元宮様の地位を再度持ち上げる。

それは息子が心に秘めた、元宮様への復讐に必要な要素だった。

彼は復讐の機会を待った。そしてついにその機会が来て、

息子は長年の怨念を晴らしたかに思えたが……

感想

清張先生の皮肉テイスト全開の作品。

人生は皮肉なものという人生観が清張先生らしい。
推理ものでないところも良し。

清張短編ベスト作品に推したい出来。

 

「陰謀将軍」

足利義昭は将軍の正統な後継者のはずだったが、

家臣の裏切りに遭い、立場を失った。復権を求めて、

各地の有力者を訪ね歩き、頼りになる者を探す。

しかし力になってくれる人は見つからない。

そんなある日、義昭は織田信長に出会った。

織田は義昭を盛り立て、征夷大将軍の地位に就かせてくれた。

義昭は喜ぶが、やがて信長に利用されていることに気づき、

今度は信長を失脚させようと策謀を巡らせ始める。

(清張短篇としては標準的な面白さ)