『白夜』渡辺淳一
『白夜 彷徨(さすらい)の章』
中公文庫 昭和58年初版 当時の売価360円
2023年、古本屋で『白夜 朝霧の章』(中公文庫)と
2冊セット150円で買った。
もともとは昭和55年に中央公論社から出た小説。
NHKでドラマ化されたらしく、
「NHKテレビ 59年3月土曜ドラマ 主演 古尾谷雅人」
と帯に記載あり。
渡辺淳一氏の自伝的小説。この『彷徨の章』では、
大学進学から医師国家試験合格までの青春の日々が描かれる。
執筆時、渡辺氏は40代半ばだったと思われるが、
自分が20歳の頃、どんなことを考え、迷い、悩んでいたか
よく記憶している。ここがすごい。俺なんかもうさっぱりと
忘れてしまった。今思えばとてつもなく
恥ずかしい日々を過ごしていたことだけは間違いないが。
一人の学生が医者になっていくまでのプロセスがよくわかる。
初めて屍体解剖を行ない、初めて人の死の瞬間に立ち会い、
初めて患者に感謝され……という具合に、いろいろな「初めて」を
主人公は経験していく。そこが面白い。ゆえに優れた
青春小説となり得ている。
『白夜 朝霧の章』
中公文庫 1984年初版 当時の売価340円
もともとは1981年に中央公論社刊の小説。
医師国家試験に合格した主人公は、所属する大学病院から
田舎の炭鉱病院に派遣される。医師不足なので、
専門である整形外科以外にも色々な患者を診察しなければならない。
自分の医療知識不足から患者を死に至らせたり、
あるいは、ひょんなイタズラが原因で人間が死ぬケースを
目撃したり。人間は簡単に死ぬ、という現実を主人公は悟る。
労使の癒着を知って、世の中はキレイゴトじゃないと知ったり。
瀕死の患者が助かるのを見て、生命力の不思議さを感じる。
治療失敗した患者が転院を願い出てきた。認めれば自分のミスを
認め人目にさらすことになる。どうするか。
余命一週間の少女に、本当のことが言えない。どうするか。
医師として人間としての良心を問われる事態が
次々に主人公に降りかかる。手塚治虫の言葉ではないが、
「医師のドラマはいくらでも作れる」というやつだ。
大学病院は治療を通じて、新しい治療法を試すための
人体実験を行なっている。そのことへのとまどい。
金儲け主義に走る医師たちのあり方への疑問。
主人公は派遣を終えて、大学病院に戻るが、数年して
また同じ炭鉱病院に赴任する。過去に診た患者が再び来院、
自分の過去の診察結果を見ることになる。
過去の失敗を突き付けられ、同時に、成長した自分も感じる。
青年医師の成長を描いて読みごたえのある面白い小説だった。
ちょっと主人公が理想的青年に描かれすぎているきらいはあるが、
こういう本は大学医学部新入生の必読本として推奨したら
いいのではないか。
良心を問われ続ける展開は、『巨人の星』の飛雄馬の入団直後の
時期を思い起こさせる。優れた青春モノは同じような展開に
なるのかもしれない。
大学病院は新しい治療法を開発するための「実験的治療」が
目的のひとつ、というのも初めて知った。