『蝙蝠か燕か』西村賢太

 

文藝春秋 単行本 2023年初版 本体1500円

 

西村賢太の短篇集。小説集としてはおそらく最後の本かも。

文庫になるのを待てずに予約して買った。

西村氏の小説中、『写真』という短編が、この本に収録されなかったので、

単行本未収録のまま残ってしまった。この本に収めればよかったのに。

文藝春秋が出している雑誌に載った小説だから、この本に

収めても不思議ではない。まあちょっと、『写真』は

この本の作品群とは毛色の違う作品のようだが。

(私は未読。近いうち国会図書館行って読んでこよう)

これは文藝春秋が、いずれ『写真』を収録した本を出すつもりで

温存したに違いない。そうすれば、

「未収録作品『写真』を初収録した傑作選!」

みたいな本を作って売ることができるから。

(追記 他にも単行本未収録小説ある模様)

 

『廻雪出航』

藤澤清造に関する調査のため、住んでいる東京と、

清造の出身地・石川県七尾市を度々往復していた貫多。

調査に腰を据えるため、七尾市にアパートを借りる。

石川県人の特異な県民性に悩まされながら、

調査の日々が始まった。

 

『黄ばんだ手蹟』

藤澤清造直筆の大切な手紙を額装することにした貫多。

専門店に特製の額を発注し、大切な手紙も預ける。

完成したとの連絡を受け店に行くが、思いもよらぬ

出来栄えに貫多の怒りが爆発する。

(珍しく貫多が全面的被害者となる作品。

このような無神経な業者が、大切な文化財を扱う仕事を

していること自体驚き。これは貫多が可哀そう。

損害賠償モノだと思う。大事なものは絶対に他人に

託したり委ねてはいけないという教訓を得た)

 

『蝙蝠か燕か』

敬愛する藤澤清造が亡くなった地点にたたずむ貫多。

今年は小説書きを小休止し、清造の弟子としての活動に

本腰を入れようと、清造作品の文庫本刊行や、

全集の準備に精を出す日々を回想する。

(突然の死の4か月前に発表された作品。

死の予感を書いている。

西村氏はこれだけ「生きる甲斐のある人生」を

送りながら、なぜ命をもっと大切にしてくれなかったのか。

悔やまれてならない。

7年間交際した女性のことも初めて書いている。

この女性を巡り、まだまだ傑作が産み出されたことだろう。

読みたかった。

徹頭徹尾、西村氏の清造愛がビッシリ書き込まれている。

私も好きな作家と交流していただいた経験があり、

西村氏に比べたら完全に真似事程度に過ぎないが、

その作家の作品集を出版した経験があるのだ。

だから、西村氏の藤澤氏への想いも、「わかるわかる

その気持ち」と感じながら読んだ。

私にとって西村賢太はそういうところも面白い。

西村氏は『男の星座』は読んだことあるのかな。

絶対面白がるような気がする。あと、『怪奇大作戦』の

ファンだったようだから、私の好きな作家のことも

当然知っていよう。もしも西村氏とお会い出来たら、

そんな話もしてみたかったものである。

『西村賢太追悼文集』が再版されるようだが、なぜか

食指伸びず。)

 

その後 ネットでいろいろ見ていたら、

西村氏の父親が逮捕された時の新聞記事、

「ウイークエンダー」のテレビ欄表記の画像を

アップしている人がいた。読んで衝撃を受ける。

父親逮捕のことは作中で何度も触れられており、

無論知ってはいたが、あまりの生々しさ。

西村氏はよくこれをカラリと作品化していたものと

感心させられる。ハンパない精神力の強さ。

野球少年時代の西村氏が得意そうにバットを構えている写真も

見た。事件当時小学生だった西村少年の心は

どんなに傷ついたことだろう。気の毒でならない。

西村氏のDV癖や風俗通いに眉を顰める人は多いかもしれぬ。

それでも「父親逮捕のショックをよくぞ乗り越えた」と

賛辞を贈りたい。