三十三回忌 | ファンキーなオヤジの日常

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生涯ファンキーであり続けたいオヤジの日常を記事にしました。一男一女の妻子持ち、まだまだ人生謳歌中!
野球少年とバスケ少女もハタチを過ぎたため、これこらは主に自分の趣味であるサーフィンやツーリングの記事をメインに掲載していきます。

父が44歳という若さでこの世を旅立ってから、早いもので33年が経とうとしている。

母が節目の年をお祝いしようと呼びかけ、遺族が集まり父の三十三回忌の法要を身内だけで行うことにした。

姉夫婦と姪っ子それに弟が自宅へ集合し、塔婆を持って父が眠る近くのお墓にお参りに出掛けた。

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母とおいらが塔婆を立てて、みんなで父の冥福を祈った。

お墓参りを済ませたあと法要の会場へ移動し、みんなで会食することに。

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父の写真(遺影)を囲んで食事会

会食に先立ち長男たるおいらが、父を偲んで思い出話をしながら楽しくやりましょうと献杯の音頭をとらせてもらった。

最初に母が弟の話を切り出した。

弟の服を買いに父と3人で出掛けて、その後まもなく亡くなったため、弟は買ってもらった服に最後まで袖を通すことがなかったそうだ。

姉がトレーラーの運転手だった父の助手席に乗せてもらった話しをすると、驚いたことに子どもたち3人別々の日に乗せてもらっていた。

兼業農家で働き詰めの毎日だった父が、たまの休みに遊びに連れて行ってくれたおいらの思い出といえば…

父のセドリックのトランクルームに、おいらが誤って鍵を閉じ込めてしまい、父と気まずい思いになった潮干狩りくらい(-_-)

農作業でトラクターを横転させてしまったことなど、思い出されるのはおいらの失敗談ばかりだけど、それでも父に怒られた記憶が一切ない。

遊びには連れて行ってもらえなかったけど、ラジコンやコンポなど、当時高価な代物も無理を言って買ってもらったなぁ。

父を亡くしたとき高校生だったおいらも今年で50歳、早世した父の分まで母には長生きしてもらいたいものだ。

父のおかげで今の自分たちがいることに感謝し、節目となる父の三十三回忌を無事に終えることができた。

賑やかなお酒の席が大好きだった父も、きっと喜んでいることと思います。

ちなみに、おいらが酒に弱いのは父親譲りです(^^;)

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親父、これからもおいらたちを天国で見守っていてください(^_^*)