「それじゃあ、キミ達はこの『厄災の世界樹』って物語の作者なの?」
ローキは米内の口振りと、これまでの出来事を思い出し、ひとつの結論に至った。
米内はゆっくりと頷き、
「作者だが、今はストーリーから外れている。
その証拠が指輪の主人だ」
未完の物語は、指輪の主人がまだ出て来てはいないのだろう。
それにしても、席に座ったオーディン…平内が微動だにしないのが気になった。
ロキはと言うと、笑顔の仮面を貼り付けた従業員が横切る度に体をビクつかせ、ローキに隠れるように腕を引っ張り小さくなっている。
(ボクより大きいんだから、隠れれるワケないのに)
呆れはしたが、この小心者は放っておく事にした。
「この喫茶店は、平内とよく『厄災の世界樹』について話し合った場所を模しているんだ。
しかし、記憶がもう消えかけている…。
幼馴染みだった平内の顔も思い出せない有様だ」
米内は、少しづつ過去を語った。
平内とは幼馴染みで、二人で空想ごっこをするのが小さい頃から好きだった事。
学校もずっと一緒だった事。
『空想ごっこを遊びじゃなく、仕事にしたい』と二人はよく話していて、大学の時に二人で小説を書き出した事。
しかし、平内は事故で突然亡くなった事。
米内は二人の夢を叶えるために、とある出版社に原稿を見てもらおうと、『厄災の世界樹』を書き続けた事。
「だけど、書けども書けども次が浮かばなくてな…」
平内の存在は偉大だった。
二人で考えている時は、面白いようにイメージが膨らんだ。
そのイメージを文章にしようと、試行錯誤したあの日が懐かしい…。
「イメージも文章も出ない…。大学を卒業して就職して、余計に書けなくなった。
仕事のストレスで、病気になって入院して、そのままポックリだ」
米内はサラリと言ったが、ローキはとても驚いた。
自分が亡くなった事を、米内は知っている。
「完成させたい…。ただ、それだけなんだ」
この物語を完成させたい…。
だけど、ラストが書けない、浮かばない…。
「ふーん、じゃあ、ボクが終わらせてあげるよ」
ローキは言った。
「ここに留まるのは苦しいでしょ?
ボクが解き放ってあげるよ」
ローキには考えがあった。
唯一、この物語を終わらせる方法。
この物語のラストは、ローキにはこれしか思い付かなかった。
「『ラグナロク』をおこそう。
『ラグナロク』、『神々の黄昏』…」
そう言うとローキは、ロキの剣を抜いた。
「うわっ!」
腕にしがみついていたロキを蹴り飛ばす。
無銘のハズのロキの剣に、『ルシファー』と名が紅く光りながら刻まれていく。
「どうやら、剣もラグナロクを望んでいるみたいだね」
「何をする気だ」
米内は立ち上がる。
するとローキは、剣になにやらルーン文字を認めた。
剣がたちまち燃え上がる。
真っ赤な炎が、辺りを轟々と照らした。
「ムスペルの火山で鍛えた剣だっけ?
それなら、これはムスペルヘイムの炎と一緒だ」
ニヤリと薄ら笑うと、近くの観葉植物に剣を放り投げた。
たちまち火の手が上がり、燃え広がる。
「なんて事をしてくれるんだ!」
米内は顔を真っ赤にして叫んだ。
ローキは門まで走って行くと、開けようとする。
しかし、ビクともしない。
「あ、やばっ」
自分が脱出出来ないのは予想外だった。
怒りに任せ、米内がローキの胸ぐらを掴んだ。
「この物語を壊す気かっ!」
「何言ってるの?物語を終わらせて欲しいって言ったのはキミでしょ?」
米内に胸ぐらを掴まれたまま、ローキは門に背中を叩き付けられた。
「うっ…!」
痛みで息が止まる。
が、強く押したからか、門が開いた。
背中から地面に倒れ、何とか米内から逃げ出そうとする。
米内は、そんなローキの左腕を掴んだ。
しかし、左腕にしていた金の指輪を掴んでしまい、ローキはスルリと指輪を外して難を逃れる。
と同時に、目眩がした。
暗闇がローキを襲う。
(あれ?この感じ…)
ローキが考える暇もなく、意識は闇へ堕ちて行ったのだった。