【星が当たる当たらないということについて個人的な私見 ①】
星座占い?ホロスコープ?が当たる当たらない的な話をよく聞く。
あの先生は当たるから当たらないから的なことを含め、諸々。
個人的に思うのは、
星の羅針盤=ガイアのリズム、宇宙全体のバイオリズム。
そしてそのガイアがどういう時に生を受けたかによって、
ガイアと自分の”関係性”がfixされる。
これは自分のネイタルのことなので、終生変わることはない。
二つの大きな周期”ガイアのリズム(宇宙の波紋)”と”自分の周期”
このガイアのリズムも個人のも、星々の羅針盤は誰が作っても変わらない(はず?)だが、
その読み解き方に個人差が現れる。
例えば外国の映画も翻訳者が変われば全く違う感じになってしまうように。
いわば、切り取り方や解釈が術師毎に異なるのだが、これ以降は鑑定や星読みを受ける・
読む人同士の相性のよしわるしが大いにあると思う・・・と、ここまではよく聞く話。
私的にはかなり細かいリーディング(ネイタルで時間と場所まで入れてみるやり方)で全く当たらない場合という
のは以下の場合があると思う。
1 術師に才能・能力がない(ばっさり)
2 術師との相性がよくない(前述のパターン)
3 そもそもどちらかが(術師・鑑定を受ける人)がガイアのリズムに則って生きてない。(⇦これ大事!)
4 ガイアのリズムを読み解くよりもクライアントにとって耳ざわりのいい言葉のみを伝えている
5 波動が低すぎる(⇦これ大事!
だいたいこの数パターンに落ち着くはず。
そもそも宇宙のリズムが表されているものが天の羅針盤。
個人的な見解では当たっている当たっていないというよりも”大いなるリズムから
外れているか外れていないか”という見方がいいように思う。
ゆえに、当たっている!というよりも外れているとしたら、
自分の命式通りに生きていないということになり、
レイルから外れている可能性があるからだ。
そうしたら吉凶や当たり外れを見る術というよりも
”自分の生き方を終生するためのツール”として捉えて
活人術として生かしていくほうが”プラスの恩恵を受けるし”
より自然だと思う。
なぜなら”大いなるリズム”に乗って生きるほうが
自然で楽しく、そして勝手に豊かになるはずだから。
もっというなら
自分の種が”バラ”ならバラとして生きるほうが自然だし、
世に貢献できるから。
当然だが、バラであれば、
無理にひまわりになる必要はない。
本質以外のものになろうとするセルフブランディングは危険だが、
バラの価値を高めるものなのであればそれはそれでアリだと思う。
be yourselfで本当はいい!・・・と思うのだけど。