東京の階段ウォッチング -18ページ目

東京の階段ウォッチング

街の歴史や人の暮らしを感じながら歩く <uenchの東京の階段シリーズ>
「東京の階段」-都市の『異空間』階段の楽しみ方(松本泰生著)を参考に、
東京の階段を探して歩きます。
「uench 東京階段map」と連動していますのでぜひご一緒に♪

板橋区徳丸の坂を歩きました。
東武練馬駅から北側はスリバチ地形になっており、特に南北に3つの連なる四国がユニークな景観を形成しており、“練馬のスリバチ3連星”とスリバチ学会で呼んでおられるとのこと。(「東京スリバチ地形散歩2」より)練馬とはいえ、ここは板橋区にあたります。
なるほど歩いてみると面白いほどの急な階段が次々に現れました。まさに坂の町です。

多分見逃した階段も沢山ありそうですが途中から迷い道クネクネになってきて、私の体力もクタクタになってきたので、続きはまたの機会に。
写真点数が多いので、数ページになります。

◎不動通り西側の階段



◎北野湯脇の階段
2018年に閉店しているらしい銭湯の脇にある階段。
大きな煙突と薪の置き場などもあり、昔ながらの風情を感じますが、いつの日かこの風景も見られなくなるのかと思うと寂しいです。

 

>>その2へ続く

市谷に鶴岡八幡宮の分霊を、江戸城西方の守護神として勧請したのが、25歳の若さで江戸城を築いた太田道灌。

江戸時代には三代将軍家光や桂昌院にも厚い信仰を寄せ栄えたとのことです。
市谷亀ヶ岡八幡宮の男坂は、とても急な60段の階段です。

 


ちょうど桜も咲き始めていました。

 

 

江戸時代の賑わっていた様子が伺えます
国会図書館デジタルコレクション「江戸名所図会 7巻」より

 

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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪


↑スーパー地形地図

 

若宮町から市谷砂土原町へ進みます。

この辺りは台地部分は昔から大名屋敷があった明治以降“山手”とよばれる高級住宅地で、現在は大学の敷地などが多数点在。

その先の窪地に広大な大日本印刷の敷地が広がっており、台地の縁から見晴らすと、はっきりとしたスリバチ地形が感じられる場所です。

以前皆川先生のセミナーでも訪れたので、その事を思い出しながら歩きました。

 

2019.03.24撮影

◎芥坂(五味坂(ごみざか))
市谷砂土原町にある、ごみ坂歩道橋へと続く階段。遊歩道は窪地の底にある大日本印刷の敷地の上にかけられていて、その昔は高いところから窪地へとゴミや死体などを投げ捨てていたと聞くので、そんな坂だったのかもしれませんね。

 


途中の使われなくなったらしい階段

 


ごみ坂歩道遊歩道から窪地へ下る階段

◎市谷長延寺町・都営住宅内の階段群



↑都営住宅の桜が綺麗でした


↑長延寺幼稚園への坂道途中の壁


 

 

 

 

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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪


↑スーパー地形地図

神楽坂から市谷へ坂散歩をしました。
2019.03.24撮影

◎東京理科大5号館の階段
市谷船河原町12
かなりの急坂、“逢坂”の坂上の途中にある階段。理科大の建物は電車の窓からよく見えていたけど、こうやって歩くとかなり広い坂の多い敷地に建つ大学なんだなとあらためて知りました。


逢坂(おうさか)
昔、小野美作吾という人が武蔵守となり、この地に来た時、美しい娘と恋仲になり、のち都に帰って没したが、娘の夢によりこの坂で再び逢ったという伝説に因み、逢坂とよばれるようになった。(標識より)別名美男坂とも呼ぶそうです♪

 
船河原町築土(つくど)神社
ここには江戸時代より「堀兼(ほりがね)の井」と呼ばれる井戸があり、皆が苦労してやっと掘った井戸だとのこと。
昔、妻に先立たれた男が後妻を迎え、その後妻と共に息子を虐待するようになり掘らせたが、掘っても掘っても水が出ないのでその子はとうとう死んでしまったという悲しい伝説があるようです。



◎市谷田町の直線階段
新宿区市谷田町3-25
法政大学市ヶ谷田町校舎の近く、急な直線階段。階段の上からは外堀越しの風景が眺められます。

 

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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪


↑スーパー地形地図

神楽坂の名前の由来は“高田穴八幡”や“若宮八幡”の神楽の音を聞きながら、この急な坂を上る事ができたということからきてるらしく、昔も今も何か楽しげな響きが感じられます。
神楽坂の大通りから中へ入った路地道がしっとりとした花街の風情を残していて面白いです♪

2019.01.02〜2019.03.29撮影

◎神楽坂熱海湯の階段
小栗横丁と見番横丁(けんばんよこちょう)をつなぐ、狭い石畳のクランク階段で、創業60年以上という昔ながらの銭湯“熱海湯”の脇から入ります。芸者小道とも呼ばれていたらしく、料亭やお食事どころがいくつかあり、花柳界を代表するような場所だった面影が残っています。
小栗横丁の名は、小栗と言う姓の武家屋敷があったことに由来し、見番横丁の「見番」とは東京神楽坂組合、芸妓衆の稽古場のことだそうで、ひっそりとしたこの階段には色っぽい物語もあれこれあったんだろうなと、ついつい想像してしまいます(笑)


◎アグネスホテルへ抜ける階段
熱海湯正面からアグネスホテルへ続くゆるい階段。ひっそりと隠れ家的なお洒落なホテルなんだそうです。その途中に桜の木がありました。

 

 


◎神楽坂 兵庫横丁の階段
戦国時代に牛込城の武器庫(兵庫)があったという兵庫横丁は、石畳の道がなんとも風情です。黒壁の料亭に出入りするお客様がどーんな方々なんだろうなと想像して歩くとドキドキしますね♪


◎神楽坂 小さなS字階段
寺内公園脇へ下る階段で、途中が少しくねってるところが何とも粋です♪


 

 

路地裏散策は楽しい♪

 

大通りからは風情は感じられないけれど。。

 

 

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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪


↑スーパー地形地図