明治学院から桜田通りを進み、清正公ゆかりの覺林寺でお参りして朱印を書いてもらい、気を引き締めたところで清正公前交差点を渡り、更に歩きます。
このあたりは江戸時代に肥後熊本の細川藩の中屋敷があったところで、階段探しと共に、史跡めぐりも楽しみました。
2019.1.14撮影
◎高輪・清正公前付近の階段
清正公前交差点の東側、住宅の密集地の細道の中に現れる小さな階段。ちょうど何かの工事をしていて、工事用の軽トラがこの階段の上部の角を通り抜けるのにとても苦労をしてらしたです。ここから二本榎通りまでの道がまたとても急で、この住宅地一帯がかなりの谷地になっている事が感じられます。
↑付近の坂もかなり急です。
◎高輪保安寺参道
二本榎通りに出ると、広大な敷地を持つ都営高輪アパートと高輪皇族邸が。そこの向かいに両脇を民家に挟まれた階段が。これがお寺の参道となっています。両脇の民家の佇まいと、それとはちょっと違和感のある南国的な背の高い木(シュロというヤシ科の植物らしいです)が面白い組合せです。

◎保安寺並びにある階段
界隈を歴史散歩や坂道散歩も♪
↑討ち入りを果たした四十七士の内16人を細川家が預り、その地で切腹をしたというその旧跡が都営高輪アパートの一画に。
↑推定樹齢300年以上という東京都指定天然記念物の「細川邸のスダジイ」
↑菅原道真の祠(ほこら)があったという天神坂。葭原が見えるので葭見(よしみ)坂・吉見坂ともいったという説も。
↑覺林寺でお参りして朱印を書いてもらいました。
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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪










