受験の日

ついに受験の日だ。3ヶ月間勉強をして頭の中にインプットしたあらゆる情報を、ついに吐き出せるのだ。この3ヶ月間は前項の通り、私にとって初体験だらけの、努力、忍耐の日々であった。今日が終われば、もう2度と英単語のCDを聴かなくてもよい。忌々しい問題集を開かなくてもよい。全部引きちぎって、バンバン踏んづけて、泣きながら燃やしてやる!とにかく今日が終われば.....!!
試験会場に向かう途中、はやる気持ちを抑えて、二宮金次郎のごとく、歩き
ながら参考書を読んだ。今日が終われば二宮金次郎ごっこなんて2度とするもんか!

試験会場に指定された教室に入る。指定された席を見つけ冷たい椅子に座る。寒い。寒くてお腹が痛くなりそうで不安だ。
私は、得意科目の英語と国語に関しては、ほんの少しだけ余裕を持っていた。
何年か分の過去問を解いても8割がたは正解出来たし、年齢分の経験があって、ある程度、臨機応変に対応出来る自信もあったのだ。
問題は、世界史である。
世界史、と、一括りにするのは止めて欲しい。そう思うくらい、覚える範囲が広すぎる。ヤマを張って覚えた中国の歴史が出なければ、その時点で負け戦になり、試験中の90分をただただ絶望しながら過ごすしかなくなるのである。神様、仏様、孔子様、どうか、中国の歴史を出して下さい!
...そう思いながら筆記用具を机に出し、周りを伺う。その瞬間、雷に打たれたような衝撃が脳天を突き抜けた!
私以外の受験生は皆、例外なく、机の上に何本ものシャーペン、鉛筆を出し、消しゴムも3個ほど、中にはシャーペンの替え芯までケースで置いているのだ!!  私は何ということ!高校受験以来25年ぶりのこの状況、うっかりすっかり、受験生の常識を忘れ、シャーペンも消しゴムも各1つずつしか持って来ていなかったのだ!信じられない!足元から震え上がって来た。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!自分の乱れた呼吸が聞こえる。こんなパニックは数年ぶりだ。落ち着け、落ち着くんだ!何度も自分に言い聞かせる。同時に、落ち着く為の理由を考える。大丈夫、シャーペンなんて、そんな簡単に落とさないよ。落としたら黙って手を挙げて、試験官に拾ってもらえば良いだけだ!そんな簡単に壊れないよ!今までシャーペン壊れちゃったー!なんて経験した事ある??ないよね?そう。シャーペンは壊れない。ダイソーで100円で購入したものだけど。ダイソーを信じよう!この前買った100円マニュキュアには発ガン性物質が入ってたらしいけど。でもやっぱりダイソーを信じよう!消しゴムは、、、左手に握っとけば落とさないんじゃない?落としても拾ってもらおう!うん、そうしよう!あ!待てよ!私、天才!!凄い事思いついちゃったよ!!
次の瞬間、私は震える手で消しゴムを力任せに千切って3つに分けた。よし!これで2個落としても、まだセーフ!天才!私、天才!
このアイデアを実行した事により、私の心は急激に落ち着いた。こんなピンチの時に素晴らしいアイデアを思いついた自分を称賛しながら深呼吸を繰り返した。
よくよく考えてみれば、隣に座る男の子、そんなに鉛筆やシャーペンを5本も6本も、更にシャーペンの替え芯まで用意して、君は一体何回ペンを落とす想定をしてるのかい?君のシャーペンの芯は、どんな速さで消費されるのかい?、、、考えれば考えるほど可笑しくなってしまった。だって彼が本気でそこまで用意周到にする事よりも、落ち着く方が大事だろ、もし過去に5回6回落とした事があるなら、おっちょこちょいにも度が過ぎるだろ。シャーペンの予備5本て!!ぶぁっはっはっは!!!
.......私のこういう、調子に乗る部分は正直言って余り良くない性格の一部分だろうと自己認識しているが、とにかく今は、落ち着けるのなら何でもよい。
更に気持ちを落ち着けようと、後ろに座っていて、参考書を開いている男の子に、一言、声をかけてみた。
ねぇねぇ、世界史、どの辺覚えた?
と。
その男の子は一瞬いぶかしげな表情を浮かべ
は....??全部ですけど??
と答え、すぐにまた参考書に視線を落とした。
う.....やはり、ヤマを張るやり方をしているのは私だけか。今度は違ったパニックを起こしそうになったが、ついに試験官が、問題用紙を配り始めたので、試験に集中すべく、気持ちを切り替えた。
チャイムが鳴り、一斉に問題用紙を開く音が響き渡り、すぐに答案用紙に何かを書き込むサラサラと言う音がし出した。
あぁ!神様ありがとう!良かった!半分は中国の歴史だ!5割正解すれば良いと思っていたので、気分良く回答用紙にマークをして行った。あっと言う間に、解るだけの問題は解き終わり、これで試験も全て終わりだと思ったら、すぐに眠くなってしまい、残りの時間は机に伏せて爆睡していた。
終了のチャイムが鳴って目が覚め、問題用紙と答案用紙が集められた。試験官が枚数を確認している。私は、今夜どこに遊びに行くか、何を食べようか考えていた。その時、試験官が突然声をあげた

答案用紙に名前を書いてない方がいらっしゃいますが...

私はそれを頭の片隅で聞きながら、そんな初歩的なミスをするなんて、やっぱり若者は場数が足んないね、と思っていた。

数分後、その、名前を記入していない、場数の足らない馬鹿野郎が自分だと判明した時に、

この大学は落ちるかもな。

と、思った。