上田です。
今日の講義のゲスト・スピーカーのTさんは、すごい熱意あふれる講義でをしてくださいました。受講生の皆さんの中には、何か一歩を踏み出そうと決意した人もいるのではないでしょうか。心に響く良いお話でした。
Tさんにもっとお話を聞きたい人、進路に悩んでいる人は、連絡を取って事務所を訪問してみてください。大歓迎してくれると思います。
ところで、6月15日『日刊タイビジネス』に掲載されたエッセイを、許可を得て転載します。
日本がTPP交渉に参加すべきか否かを考えるヒントになれば幸いです。
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企業にやさしい政府
自由貿易の利益を説き、自由貿易を促進したがるのは、理論武装した学者のみで、大多数の国民は自由貿易には反対するものだ、という話を聞いたことがある。
野田首相は、TPP交渉参加を表明したものの、いつのまにか消費増税法案の成立に「政治生命を賭ける」ことになり、日本のTPP交渉参加は棚上げ状態のままで進展していない。
周知の通り、現在の日本企業は、厳しいビジネス環境におかれている。日本の産業界からは、貿易自由化の遅れに加えて、電力不足や円高に対して、政府が早急に対応すべきとの指摘がなされているが、残念ながら、現在の日本政府は、企業が直面している困難な問題にすぐに手を差し伸べてくれる「企業にやさしい政府」では決してない。
これとは対照的に、タイをはじめとするASEAN各国の政府は企業の声、とりわけ最大の外国投資家としての日本企業の要望を汲み取り、便宜を図ってくれる政府ではなかろうか。これを顕著に示しているのが、日本の自動車企業の働きかけが、ASEAN各国政府を動かし、域内自由貿易が始動したという点である。
AFTA(ASEAN自由貿易地域)は、タイのアナン首相が1991年に提案し、先行加盟6カ国に関しては2003年に完成をみた。
しかし、それに先駆けて、ASEAN4(タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン)において、BBCスキーム(ブランド別自動車部品相互補完計画)による自動車部品に対する関税削減が1988年から開始された。同スキームは、日本の自動車企業がASEAN経済閣僚会議に提案し、実現したものである。
日本企業が意図したのは、ASEAN4における部品の重複生産を避け、特定の部品生産を一国に集約させてスケールメリットを享受することであった。この結果、日本の自動車メーカーによる部品の域内分業体制が構築されてゆくのである。
BBCスキームは、1996年にAICO(ASEAN産業協力計画)へと発展し、自動車産業以外にも関税削減が適用されることとなった。そしてAICOがAFTAという大きな域内自由貿易の流れへと引き継がれていったのである。
従って、ASEAN域内の自由貿易は、日本企業がその国際戦略に従って発案し、それを各国政府が受け入れる形で、進展してきたといえるのである。
10年以上も前のことになるが、ある日系自動車企業の役員の方が、「BBCスキームは我が社がASEANに働きかけて実現したのである」と誇らしげに話しておられたことを思い出す。企業の提案が現地政府を動かし、新しい制度が誕生する。これは現在の日本では実現不可能なことである。
このASEANと日本の違いはどこからきているのであろうか。第一に指摘できるのは、ASEANのほとんどの国が、「豊かな社会」実現に向けて、政府、企業、国民が一つにまとまっているという点である。
現在のタイでは、伝統的な保守階層と、農村部の人々との政治的対立が顕在化しているが、両階層ともに、タイが「豊かな社会」に向かうことに対しては異議を唱えないであろう。政治的に対立している二つの階層を、一つの経済的な価値観で束ねることが可能なのである。従って、経済成長を支える外国企業誘致のために自由貿易を促進することに関して、政府は機敏に対応できる。
これに対して、日本は、戦後の目標であった「先進国の仲間入り」を果たした国である。1980年代後半以降であろうか、日本人の価値観は多様化し、「経済成長至上主義」で国民を導くことはもはや困難である。
第二の理由として、ASEAN諸国が、外国企業の誘致に関し競合していることも看過できない。
近年、タイの競争相手として急速に存在感を増しているのがインドネシアである。他に、ベトナム、カンボジア、そして新参者としてのミャンマーも加わった。タイにおいては、これらの国と競争しつつ、外国企業にとって魅力的な投資先であり続けるために自由貿易を促進することが、政策の柱の一つとなっているのである。
日本はどうかというと、韓国が日本のライバルとして成長したということを日本人の多くは認識していないように思われる。韓国との競争関係が、もっと厳しくなったときに、日本は進むべき方向を見いだせるのかもしれない。
一つの目標にむかって企業と政府が手を組むことが難しくなった日本。そうであるならば、より「企業にやさしい政府」の国へ、日本企業が生産拠点を移転するのもやむを得ないことである。