上田です。


ご存知の人も多いと思いますが、タイは風俗産業が盛んなところです。


私にとって、バンコクで見る最も見苦しい光景は、50代・60代の日本人男性が、タイ人の若い女性と連れ立っている光景です。


ある研究者の論文によると、タイ人女性も日本人男性相手に、効率よくお金を稼ぎたいので、若い男性ではなく、お金を持った年配のオジサマ方にターゲットを絞るのだそうです。


ベトナム戦争時代、米軍がタイにも駐留しており、米軍が休暇を取って遊びに来るところでもあったために、タイで風俗産業が発達したといわれています。


公の場では言えませんが、タイが日本企業をこれだけ誘致できたのも、日本人男性にとっての魅力が大きかったことも関係しているかもしれません。


このような理由で、バンコクで見かける日本人のオジサマたちを冷たい目で見ることが多い私ですが、今回の研修旅行でお話を聞いたお二人のオジサマ達は、格言ともいうべき、とても良いお話を私たちにしてくださいました。


今、就職活動で悪戦苦闘しているであろう新4年生の皆さんにも役に立つと思うので、この場を借りて紹介します。


まず、JETROの投資アドバイザーのオジサマによる格言です。私の「今の日本企業は、どのような人材を求めていますか」という問いに対する答えです。


1 自分で考えて自分で行動することができる人


2 コミュニケーション能力:自分の考えを相手に伝える能力が必要 (文章力・話す能力ということでしょう)


3 外国語を習得していること


4 異文化理解・異文化を受け入れることができる人、人の痛みがわかる人


「大きな視野を持って、グローバルな仕事ができる人」ともおっしゃっていました。


もう一人、ある自動車部品工場で勤務するオジサマによる格言。


「学校は、知識とチャンスを与えてくれるところ。でも知識は『知恵』に変えないと使えません。知識をどう使うかは、その人次第。知識を『知恵』に変えることが、その人の目標になるのです」


お二人とも、本当にいいお話をしてくださいました。人生経験を積んだ私の心にも響く言葉でした。


実は、4月1日の入学式で、私は御父兄相手に、「大学生活について」という内容で講演をすることになっています。


聞くところによると、最近の入学式は、御両親のほかに、祖父母、新入生の兄弟まで出席するとのこと。今年は、日曜日だから、出席者が多いはず。


この機会に、お二人の格言を使わせていただきます。ありがとうございました。



上田です。


昨晩、ゼミ生と研修旅行の反省会も兼ねて、バンコクのタイスキ・レストラン(MK)で夕食をとりました。


そこで、学生さんから「今回の研修旅行を通じて、英語を学ぶ重要性を認識した」という声が聞かれました。


現在、中国の影響力が拡大しているので、中国語に関心を持つ学生さんも増えてはいますが、その場合もまずは英語、それから中国語という順番のほうが、一般的には、有効な戦略でしょう。


ジェトロ・バンコク事務所でのお話によると、昨年から、日本の中小企業がたくさんタイに進出しており、現在タイで操業する日系企業の数は、4000社とも7000社とも言われているそうです。


学生の皆さんが、将来どのような企業に就職しようとも、日本経済のグローバル化とは無関係ではありません。


ぜひ何らかの形で、英語の勉強を継続していってほしいと思います。


そこで、以前「Skypeを使ってフィリイピン人と英語を勉強する」サービス(レアジョブ http://www.rarejob.com/ )について紹介しましたが、なぜフィリピン人が英語教師になりえるのかについて説明したいと思います。


フィリピンは、東南アジア(=ASEAN諸国)の中で、最も早い時期から植民地支配を受けた国です。


16世紀半ばから約350年間、スペインの支配下に置かれ、19世紀末からはアメリカの植民地(約50年間)となりました。


フィリピンを特徴づけているのは、独自の文化が発達する前の原始的な社会の状態で、欧米諸国の植民地になってしまったということです。


東南アジアの基盤の文化を構成しているのは、ヒンズー文化(インド文化)・イスラム教・上座部仏教ですが、フィリピンだけは、これらの文化の洗礼を受ける前に、スペインの植民地下に置かれたのです。


その結果、フィリピンは宗主国の影響をもろに受けることになりました。


それは、たとえば、フィリピンがカトリック教国であること、そして、アメリカ志向の強い国であるという特徴に表れています。


アメリカの植民地時代、アメリカは自国のカリキュラムに従って英語教育をフィリピンに導入しました。現地のエリート大学、フィリピン大学もその時代に創設されています。


その結果、特にフィリピンのエリート階層は、英語を習得することに熱心となり、英語ができることが出世の条件となりました。


ですから、裕福なフィリピン人は、子供のころから英語教育を受けているのです。


これが、「フィリピン人と英語を勉強する」サービスの背景にある事情です。


私がこれまでお目にかかったことのあるフィリピン大学の先生たちは、完璧な英語を話していました。彼らは、米国留学経験者ということもあり、ネイティブと同じです。私が知る限り、アジア人で最も英語が流暢なのは、こういったフィリピンのエリートたちです。


今回私が紹介しているレアジョブの先生達は、そこまで、超エリートではないかもしれませんが、フィリピン大学の卒業生もいて、現地のエリートです。


最初に英語を勉強する入口として、料金も安いし、手軽ということで、本当に学生さんにはお勧めします。


今回、研修旅行に参加したゼミ生の皆さんには、「バンコクでの決意」を忘れることなく、新しい一歩を踏み出してください。




上田です。

数日前に、学生5名と一緒に、カンボジアから陸路にてバンコクに入りました。


今回のゼミ研修旅行の最初の訪問先「カンボジア子供の家」について紹介します。


こちらはタイとの国境に近いポイペトに拠点を置き、学校の建設をはじめ幅広い支援を行っているNGOです。

今回は、スタッフの沙樹さんにお世話になって、本当に充実した数日間を過ごすことができました。沙樹さん、ありがとうございました。


ポイペトには二泊しかしなかったのですが、まだ頭で整理ができないほと、様々なことを考えさせられました。

追々、このブログで紹介していくつもりです。


まず、このNGOがなぜポイぺトに拠点を置いているのかについて説明しなければなりません。


ポイペトはタイとの国境の町で、かつてはカンボジアの内戦を逃れてきた難民のためのキャンプがあった場所です。


そこには、現在、タイ資本によって、何か所ものカジノが建設され、たくさんのタイ人観光客がギャンブルを楽しむ歓楽街に変わっています。


なぜ、タイ人のビジネスマンがカンボジアにカジノをつくったかというと、タイでは規制があって、カジノをつくるのは難しいのですが、カンボジアでは、そのような規制がないからなのです。


カンボジアは、汚職がひどいことで悪名高い国なので、おそらく、カジノ建設の許可をもらうために、多額のわいろがタイ人企業家からカンボジアの官僚に支払われたことでしょう。


そして、このカジノ建設のために、立ち退きを余儀なくされた人々が周辺の条件の悪い土地に移り住みました。


新しい土地は、もともと人が住んでいなかった土地で、やせた土地でしたから、移住後の人々の生活は厳しいものでした。「貧困国」カンボジアの政府は、そのような土地に学校をつくる余裕などありません。


このような人々に救いの手を差し伸べたのが、「カンボジア子供の家」です。


学校の建設をはじめとして、様々な教育支援を行っています。


タイ人企業家によって建設されたカジノの建物は、ポイペトの貧しさと不釣り合いなほどの立派な建物です。そこに、たくさんのタイ人がやってきては、お金を落としていきます。


これが真の意味での「開発」ではないことは、皆さんにもすぐにわかるでしょう。一見すると、きらびやかな建物が立てられ、町が近代化されたように錯覚しますが、潤っているのは、カジノを経営するタイ人のビジネスマンと、カンボジアの一部の政府官僚だけでしょう。


カンボジアの政府高官が、目先の利益を追い求めて、タイ人ビジネスマンと結託してカジノ建設に至ったのではないかと思います。


カジノが繁盛しても、周辺の貧しいカンボジアの人々に、その利益が還元されることはありません。


カンボジアは貧しいがゆえに、お隣のちょっと豊かになったタイに利用されてしまった、そのように感じました。