上田です。3年生は、就職活動で忙しくしていることと思います。来週は、2年生5名と一緒に、カンボジアとタイを訪問する予定です。


ところで、先日、あるサービスの無料体験を経験しました。それは、フィリピン人を教師とするSkypeによる英会話教室です。


http://www.rarejob.com/


12月のゼミOB会で、ある卒業生がこのサービスを提供している企業に勤務していると知り、関心を持ったためです。その卒業生は、学生時代から何事にも前向きに積極的に取り組む学生で、ある大企業に就職しましたが、転職して現在は、この企業に勤めています。彼のような人物が一流企業をやめて働く企業とは、どんな会社だろうかと興味を持ったのです。


無料体験の感想は、かなりフィリピンなまりの強い英語ではあるが、英会話の練習としてはハードルの低い方法で、特に金銭的な余裕のない学生さんにはお奨めの方法であるということです。びっくりするくらい安い価格で英会話の練習ができます。


この無料体験レッスンを受けながら、ある国立大学の元総長が新聞に書いていたお話を思い出しました。


「若い人は、高い山に登りたがる。でも山は登ってみないと、高いのか低いのかわからない。若い研究者には、とりあえず山があったら登ってみなさいと、勧めている。そこから、新しい発見が生まれることもある」


これは、若手の研究者に向けた言葉です。


私自身も研究者ですから、やはり研究に関しては、「高い山」をめざします。しかし、「高い山」を目指すがゆえに、なかなか成果が出ないということになります。


この元総長さんの言葉を読んでからは、私は、とりあえず「山があったら登ってみる」ことにしています。


これから社会に出ていく皆さんには、是非英語の力をつけてほしいと思います。


最初から一流の英語に触れようと思ったら、欧米諸国への留学あるいは多額の学費を払って英会話スクールに通うということになるでしょう。


すべての人がそれを実現できるわけではありません。


英語を勉強するとっかかりとして、フィリピン人とSkypeで英会話レッスン、これは低い山かもしれないけれど、登ってみる価値のある山です。


上田です。


2月3日の「日刊タイビジネス」に掲載したエッセイを、許可を得て転載します。


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「東アジア共同体」という言葉を、誰もが一度は耳にしたことがあるに違いない。近年では、2009年に鳩山前首相がアジア政策講演の中で「東アジア共同体」構想を推進すると述べたことが記憶に新しい。


鳩山前首相の場合は、「夢」を語っただけで終わってしまったが、その一方で、経済面における協力関係・統合が緩やかなペースとはいえ、東アジアで進行していることも事実である。しかしながら、「東アジア共同体」が一体何を目指しているのかについては、曖昧でありわかりにくい。



日本において「東アジア共同体」構想が語られるようになったのは、2002年に小泉元首相がシンガポールで行った政策スピーチがきっかけとなったといわれている。小泉元首相は、その中で、「東アジア・コミュニティ」の構築を提案した。そして、その中核を成すのは日本とASEANであり、両者は「共に歩み共に進む」関係にあると明言したのである。


他のメンバーとして中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドがあげられ、その後、インドが加わる形で、2005年より「東アジア首脳会議(EAS)」として定例化された。ここにいわゆる「ASEAN+6」の枠組みが誕生し、これが日本政府の推進する「東アジア共同体」構想の原型となっている。



しかし、日本に先駆けて、ASEANに対して関係強化を働きかけ、経済統合の構想を持ちかけたのは中国である。中国外交の基本は、二国間交渉とされているが、1997年のアジア通貨危機以降、周辺諸国との関係増強に乗り出すようになった。ASEANに対しては、自由貿易協定(FTA)を提案し、2001年には、ASEAN-中国FTAの実現に関する合意を成立させている。



2001年と言えば、中国がWTOに加盟した年に当たる。ASEANへの接近は、FTAという経済統合により始まったが、これは中国の影響力拡大をねらった政治的行動の一環としてとらえるべきであろう。


そして中国は、地域協力の枠組みとして「ASEAN+3(日中韓)」を推進するようになり、「ASEAN+6」を提唱する日本と立場を異にすることとなった。現在「ASEAN+3」は「ASEAN+3首脳会議」という形をとり、「東アジア首脳会議」(ASEAN+6)と同じ場所で日時をずらして並行開催されている。



いずれにせよ、2002年の小泉元首相の「東アジア・コミュニティ」構想は、東アジアにおける中国の「抜け駆け」に驚いた日本の対応策といえる。この意味で、日本の「東アジア共同体」構想というのは、中国の積極的な動きに刺激されて提案されたのである。



ところが、最近、この日本の「東アジア共同体」構想に変化がみられるようになった。まず、2011年の「東アジア首脳会議」に米国とロシアが参加し、「ASEAN+6+2」に発展した。


米国の参加は、第一に米国の外交政策がアジアに転換されたことの反映であり、第二に中国に対する抑止力を意味する。しかし、アジアに属さない大国である米国が参加したことで、「ASEAN+6」としての「東アジア共同体」の主導権が、日本から米国に大幅に移譲されたという印象は免れない。



さらに、1月18日付の産経新聞によると、野田首相が「太平洋憲章」なる構想を9月に開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で提唱する方針を固めたという。それは「アジア太平洋地域の持続的な経済発展と安定のため、経済連携や紛争解決などの包括的ルールを構築する新外交戦略」である。


ここで想定されているメンバーは、APEC加盟国21カ国。米国が、APEC域内での自由貿易圏の形成を目指していることからもわかるように、この野田首相の発想は、米国が進める地域協力の枠組みに便乗した形での提案である。



新聞報道によると、野田政権は「東アジア共同体」から「脱却」するそうだ。これは、経済協力を深化させてきた「東アジア共同体」構想が行き詰まり、先に進むことが難しくなったことを示唆している。


つまり、日本が中国と経済協力を超えた協力体制を構築しようと向き合った時に、いかに東アジアにおける安全保障を確保するのかという問題にぶつかってしまうのである。結局のところ、日本は、日米同盟関係抜きに、中国と真正面から共同体構想を語ることはできないのである。



当面、「東アジア共同体」という夢を語りながら、経済面での協力を進展させようとする試みは継続するであろう。しかし、その範囲での影響力を確保する、それが日本の「東アジア共同体」構想の限界なのではなかろうか。

月・水・金曜日がいつもバイトなので、飲み会とかに全く行けずにご迷惑をおかけし続けています。
2回生のナメカタです。

プレゼンとディベートの練習を終えて、久々に教科書の勉強に戻りました。10月以来?

トダロとスミスの開発経済学/マイケル・P. トダロ

¥8,400
Amazon.co.jp

この本での授業は大好きで、というか教科書の授業になると露骨にやる気が変わってるような気もするんですが、分厚いし、値段は高いし、文章も一般書と比べたらどうしても読みにくい。
ゼミのみんなが読み進めるのがめんどくさいと思う気持ちもよくわかります。テスト前でそっちが大変な人も多いでしょうし。



秋頃に、地元の図書館でこんな本を見つけました。

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)/アマルティア・セン

¥672
Amazon.co.jp

お安いですよ。新書ですよ。
授業の最初のほうで出てきた開発経済学の第一人者、アマルティア・センの講演集です。
実は全体の半分ちょっとしか読めずに、図書館に返してしまったんですが。

これ(の、たぶん翻訳)が素晴らしくて、すごくフランクな話し言葉で書いてあるので、どんどん読んでいけます。
講演集なので、教科書と比べて「聞き手に伝えようとする」文章・口調でもあり、ずいぶん読みやすいんです。

内容的には、アジアの開発についての4つの講演が収録されています。
民主主義体制化における政策(インフラとか制度などの整備だったりいろいろ)こそが発展途上国の開発に必要なものであるという考え方が、どの講演にも共通して強く主張されています。
個人的には「韓国において開発独裁が一定の成功をあげている」というプレゼンをしたのが、まるで詭弁だったかのような気がしてくるくらいです。考え方は学者や政治家で人それぞれかもしれませんが。


一応、経済学の本という体裁をとってはいますが、センの深く広い教養が見て取れる本です。
経済とか政策だけでなく、アジアの文学、哲学、宗教や歴史についても幅広く取り上げられています。
そして戦後復興を果たした日本は、開発にとても成功した国であるとも主張されています。
もちろん、その背景には民主主義体制下での法やら制度やらインフラやらの整備がうんぬんかんぬんです。


経済と哲学と言われると、なんとなく繋がらないような気もします。
確かに何千年も前のギリシャの哲学者と現代の経済学と言われるとものすごく離れているんですが(勝手なイメージ)、そもそもヨーロッパにはヨーロッパの、アジアにはアジアの考え方・規範というものがあります。たぶん、西洋的な考え方を世界各地に押し付けても必ずしもうまくいくわけじゃない。


あと、経済といっても、ゼミの皆さんでも受けているようなミクロ経済学の授業だと、複数の企業がP(価格)とかQ(生産量)を動かして対決したりして、そこに哲学も人徳も何もないような気もします(笑)。あ、経済政策の授業は受けていないんですが、どうですか?

でも、経済の範囲の中でも、政策とか、政治に関連したところになると、そこにある時代背景や、政治をするうえで政治家や君主が守っている規範とか考え方といったものが、政策のベースとしてあらわれてきます。そこにかかわっているのは生身の人間ですから。
そういったものまでひっくるめて、為政者が(国民のために)何を考えて何をしてきたかを理解するため、そしてこれからの政治・政策において何を大事にしなければいけないかを間違えないために、やっぱり哲学や宗教といったような、私たちを導いてくれるものについて知っておくことは必要なのではないかな、と思いながら、この本を読んでみたのでした。
同志社は宗教や哲学、倫理学の授業も充実しているので、そういった政治や経済の原点の勉強は、すごくしやすいのではないか、とも思っています。


春休みの読書課題におすすめです。ぜひ!