うえだのHIROG
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第二子 出産前後

妻に言われて気づきましたが、

第二子を授かりましたのご報告を最後に、ブログを放置してました。。。


バ海馬フル回転で思い出しながら、いざ書かん!



出産予定日は627日。

とはいえ今回は2人目。

予定日より全然早く6月半ばには産まれるだろうと勝手に予想。

そろそろだねー。

そんな心構えで6月を迎えるも、兆候ゼロ。

・・・あれ?


6月半ば。

いつ陣痛が来てもいいようにと入院グッズをまとめる。

お腹がグンと大きくなってきているのに、前駆陣痛がこない。

これはむしろ予定日超過の流れか?


すこし焦りを感じ、出産を促すために歩きはじめて数日の621日金曜日。

仕事から帰宅し、ごはんを食べながら今日はどうだった?と訊くと、

昼間にショッピングモールをブラついたとのこと。

そして風汰のときみたいな張りはまだないとのこと。

そかそか。

食べ終わり、僕は自分と妻の食器を下げ洗い物。お風呂の準備。

妻が風汰のごはんを終わらせて食器を下げようと立ったとき、


「あ」


・・・え?

「破水した破水した破水した破水した」


2015分。


いつ来てもいい。

そんなつもりでいたけれど、第一子の時みたいに陣痛からの出産を想定していたけれど、まさかの破水スタート。

2人で軽く泡食った。

だけどすぐに切り替わる。

バスタオル。病院へ電話。実家へ電話。着替え。車のエンジン。荷物。風汰の準備。出発。

20時半すぎに家を出て、2045分には病院のLDR


診察。

お義母さんが合流し、風汰を預ける。

診察の結果、まだすぐじゃないけど今夜から明日の午前にはと。

いったん帰宅し、買い物していろいろ準備して。風呂に入り、着信音が鳴るようにして0時に就寝。


2時半頃、妻からの着信音。

そろそろだから来て。


245分頃、病院着。

LDRで寝ている妻の腰をさする。

さっきまで助産師さんにやってもらってたさすり方を妻が僕にレクチャーし、結果前回よりも的を射たさすり方になったようで、妻も僕も前に比べたらずいぶんと楽だった。

前回んときに教えてくれてたら良かったのに。

とはいえ陣痛。

かなり痛そうに顔を赤くして汗ばんで、

そして痛みゆえかときどき強い口調。


「ちょっと診てみましょうねー」

僕はいったん外に出され、呼ばれて戻ったら助産師さんも看護師さんもステイ。

それから陣痛の波が4回くらいきて、その都度いきみ方を褒められて、先生がきて、もう頭が見えてますねーっなって、6回目で注射とジョッキンってやって、


7回目。336分にスルンと誕生。

おー産まれたー。

だけどすぐひと泣きした後はあんまり泣かなくて挿管。

不安な妻と僕。

それもあって妻も僕も泣かなかった。

出てきた胎盤が前回みたいにドロンとでっかくない。

前回のたった一回が正しいのか間違ってたのか、というか、出産のある幅のなかにあったのかそうでなかったのかが分からないから、やはり今回がどうなのかも分からない。

だけど挿管の甲斐あってか、赤ちゃんがしっかり泣き始めた。

ひとまず大丈夫そう。


23分してようやく隣の部屋で体重を計ったり服を着せたり。

を、スマホで撮影。

と、となりの部屋から妻の悶え苦しむ叫び声。


「いた〜い!いたいいたいいたいいたい痛い!!」


あー縫合してんだろうなー痛いよなーって思ってたけど、あとで聞いたら違ってた。

残った胎盤を子宮から剥がし取り除くべく、先生の腕が体内をグルングルン、内から直で掻き回していたそうな。。。


ベビと共にLDRに戻り、ベビを妻に抱かせてすこしホッと。

お疲れさま。

今回の出産にまつわる感想エトセトラを話してたらようやく落ち着けた。


というわけで、


622日(土)336分、

上田家第二子が誕生しました。

体重2788グラム、身長48.5センチの元気な男の子。


赤ちゃんの名前。

誕生の2週間くらい前にはほぼほぼ決まっていましたが、ベビたんの顔を見てしっくり。


その名は・・・


上田旺祐

(うえだおうすけ)


旺・・・

さかん。盛んなさま。勢いがよい。ひかり。美しい光。光を放って美しく輝く。お腹のなかでかなり元気に動きまわっていたので。夏至の日生まれ。


祐・・・

たすける。神が助ける。神の助け。天の助け。かばい助ける。幸運。


うん、とってもいい名前だ!



というのが出産前後のエトセトラ。


小さくスリムに産まれた旺祐ですが、ひと月半たってぷくぷく大きくなってきました(^^)

ご報告2

なんと!!

第ニ子を授かりました。


「え?」「マジで?」「早くない!?」

いやー驚きました。


今回はそこまでつわりもひどくなく、

経過が順調なことに安心し、

名前を男女それぞれぼんやり考え、

ベビー服や家具家財の算段をし、

風汰を連れて年末年始に車で長距離帰省をし、

なんだかあっという間に安定期に入り、

今日の検診で順調だったので、ご報告。

ふぅ。


にしてもやはり、

人生はなにが起きるか分からないものです。

昨年のアタマに第一子を授かり、

春に保険を見直し、

夏には家を買い、

秋にお芝居のことをすこし再開した矢先の第二子妊娠。


39歳にして父ちゃん。

40歳にして家持ち。

そして、41歳にして二児の父へ。

予定日は6月末。



帰り道

帰り道。

さだまさしを流しながら車内で歌う。

寄せようとしてもうまく歌おうとしても、どうしたって歴然の差。

まそりゃ当然なんだけど。

でもほんと全然違うの。

一音一音の音色というか精度というかレベルというか説得力というか内包しているものの重みというかがまるで違う。

で、つながりました。

自分はその辺の人とは言葉に対する意識がすこし違うなぁと最近よく感じていました。

言葉の意味や文脈や呼吸や要素やそれを発するときの在り方や。

それは日常的にもそうだし、自分が発した言葉に対する検証も含めて。

意識的にでなくても自然とたくさん引っかかりを持つ状態。

たぶんきっとそれは、長い間芝居をやってたから。

染み込んじゃってるんだろうなと思います。

精度というかレベルというかは大したことなくとも。



さだまさしと歌って気付くその道のプロの凄さ。

それをなりわいにしている人のすごさ。

歌手の一音や、俳優の一言や、スポーツ選手の一歩や、

板前の一振りや、写真家のひと押しや。


熱意をもって長くなにかに取り組むということには、

きっとそういう側面もあるんだろうなぁと思います。


児童虐待死について

本当にひどい。

むかつきを感じる。

痛ましい事件を起こした両親に、はらわたが煮えくりかえる。


しかし。


どんな思いで産み育てたんだろう。

結愛と名付けたんだろう。

いつからそんな風になっていったんだろう。

再婚した旦那はどんな人だったんだろう。

どんな理想や哲学があったんだろうか。

思い通りにいかないことと、夫や妻はどう向き合っていたんだろう。


自分も結婚し人の親にもなった身。

ひどい話にとてつもなく悲しい気持ちになるが、

すべて他人事とは思えない。

自分にも可能性がある。

幸運にもそうなっていないのは、妻のおかげだと思う。


それでも。

まさか自分が。

自分には関係のないこと。

と思うようなことが、往々にして自分に起こることを知っている。


虐待をする側かも知れない。

虐待の疑いを見つける側かも知れない。


どうすればこんなことにならないだろう。


友達について

むかしむかし、恋人にフラれたという人を誘って飲みに行きました。

元気出せよという訳ではないけども、まぁ話聞くよと飲みに行きました。

で、なんだかんだ話したあとでその人が言いました。


「友達がほとんどいない」と。

「2、3人」と。


え?

衝撃でした。

おいおい、いるじゃないかと。

こないだの稽古場でのみんなとのやりとりは?

SNSblogでも繋がってる人いっぱいおるやん。

小中高とクラスや部活の仲間がおるやろと。

同期やこれまでの共演者もたくさんおるやろと。

自分も年齢的にはそんな離れてないし友達じゃないんかい?と。

寂しいこと言うなよと。

なにか引っかかりました。


でも。


数年経つうちに、たしかにそうかもなぁと思うようになりました。

うん。


友達ってなんなんですかね?

なにをどうすれば友達なんすかね?

どこからどこまでが友達って括りにカウントできるんですかね?

全然否定的な意味じゃなくて、純粋に謎です。


人により、関係により、年月や距離により、様々に友達模様があるんだろうけど、

友達ってのはずいぶん曖昧なもんやなぁと思います。

自分が友達だと思っていても、むこうはそう思ってないかも知れんし。

自分は友達だと思ってなくても、むこうは友達だと思ってるかも知れないし。


そんなことを書いていて、ふと。

そういえば昔、友達とか仲間とかがよく分からなかったなぁ、と思い出しました。


友達、同期、親友、友人、知人、知り合い、同志、仲間、腐れ縁。

誰がどれだか分かんない。

分かんないけど、自分が死んだときに泣いてくれる人がいたらいいなぁ。

誰か泣いてくれるかなぁ。

誰が泣いてくれるかなぁ。

親は泣いてくれるかなぁ。

僕はその人が死んだら泣くかなぁ。

ポーズじゃなくてで、自制もできずに、

どうにも堪え切れなくて涙が出てくるのかなぁ。


そんな風なことを思っていた時期があったことを思い出しました。

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