京都府木津川市加茂町駅東4丁目

加茂町の新川に架かる橋を渡ります。


真正面に ビックリマーク



階段が見えますねぇ。



車止。



旧燈明寺。

御霊神社は、この地にあった燈明寺の鎮守社で、南北朝期に建てられた奈良・氷室神社の社殿を移築したものと考えられている。三間社流造の本殿は国指定重要文化財。

旧燈明寺は、聖武帝勅願によって行基が創建したと言われ、863年に清和帝の勅願で空海の弟子・真暁が再興したとされている。鎌倉末期の兵火で荒廃したが、康正年間に天台宗の忍禅が復興し、本堂や三重塔が1456年に建立され、伽藍が整えられた。その後、再び荒廃し、1663年頃、日蓮宗本圀寺の権律師・日便がこの地をおさめていた津藩主・藤堂家の援助を受け、復興し、このときに日蓮宗に改めた。1727年には本堂が大破し、修理費用を得るため、名物の石灯篭を三井家へ売却したり、1901年には日蓮宗門徒で実業家の川合芳次郎が燈明寺を買収し、1914年には三重塔を横浜・三渓園に売却したりしたが、寺勢を回復することができず、1952年に廃寺となり、本堂も1982年に横浜・三渓園に移された。その本堂は、三重塔とともに国指定重要文化財の建築物として、横浜で見ることができる。また、本堂跡には収蔵庫が建てられ、川合京都仏教美術財団が所有する五体の観音立像が納められている。境内には1672年に建てられた庫裏が旧燈明寺を偲ばせる建造物と言えそうだが、老朽化が酷いらしく、公開はされていない。

木津川市観光協会の"秋の特別公開"で収蔵庫に納められている五体の観音様(千手観音立像・十一面観音立像・不空羂索観音立像・聖観音立像・馬頭観音立像)を公開。このうち不空羂索観音立像の胎内から1308年の墨書が見つかっており、鎌倉末期、興福寺の僧侶集団が製作したものと考えられている五体の仏像は、今となっては信仰対象から美術品となっており、金色に輝く千手観音立像は、神々しい。




御霊神社境内。



手水舎 🐉









🙏 崇道天皇(早良親王)、井上内親王、

他戸親王、藤原吉子、文屋宮田麻呂、橘逸勢、

吉備真備、菅原道真


ちなみに、盆前の吉備真備塚(奈良市)。



脇障子舞楽図「蘭陵王」の舞(右側)。



脇障子舞楽図「納曽利」の舞(左側)。



旧燈明寺 三重塔跡。



現在は横浜市の三溪園に移築された灯明寺三重塔(重要文化財)は、いまや関東地方最古の塔として有名になっています。


ちなみに、横浜の三溪園に移された三重塔。

(ネットからいただきました。)

藤堂高虎が治めてた加茂の地、繁栄してたのがよくわかります上差し


旧燈明寺 鐘楼跡。







燈明寺石灯籠(レプリカ)。


真如堂に燈明寺石灯籠があります上差し


梵鐘。



石造十三重塔。





旧燈明寺本堂跡。



旧燈明寺の秘仏。特別な機会のみ公開。

(パンフより)


ちなみに、横浜の三溪園に移された本堂。

(ネットからいただきました。)






JR加茂に向かいます。





数分歩いて来たら、鳥居 びっくり



御霊神社 一の鳥居 ⛩️

気付き損ねるところでした。


JR加茂駅。









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