あかり姫と坂本龍馬伝説 -23ページ目

【奇跡!】正木先生直筆色紙当選!

 高知競輪ミッドナイトニコ生放送一周年、なんと正木秀尚さん作、高知競輪の新キャラクター「真夜りん」の作者直筆色紙に当選いたしました。


 これまで何度も応募してきましたが、生放送中の抽選で当選したのはこれが初めてです。今回の当選者は五名で、私はそのうちの一人です。放送中に名前が読み上げられたときは本当に驚くと同時に、坂本龍馬さんについてのブログを書いている私にとって、龍馬さんが本当に降臨されたのではないかと大喜びです。


この「真夜りん」は坂本龍馬の女性版ということで、着物には坂本家の家紋が入っています。龍馬のように大胆にお洒落な着物を羽織っています。鋭い線と爽やかな色彩に力感と躍動感を感じます。また、口元の辺りにセクシーさが出ていて、大きな瞳に見つめられるようでドキッとしてしまいます。まさに芸術です!


色紙左上は4月のよさこい賞のときのクオカードで私の名前を隠しています。正木先生がサインを入れて下さいました。部屋のガラスの扉のついた本棚内に飾りました。これからもずっと大切にさせていただきます。高知競輪でしか手に入らない粋なプレゼントを頂く機会を下さった高知競輪ニコ生スタッフのみなさま、そして作者の正木秀尚先生には、心よりの御礼を申し上げます。





フリーター 坂本龍馬さんを学ぶ 其の七

龍馬さんは仲間を作るのが上手かったようだと書きました。しかし、それではどうして勝先生の門下になってから、友人や親戚を連れてきたのかという疑問がわきます。龍馬は凄い人なんだから、何もわざわざ地元の連中を呼び寄せなくてもいいんじゃないかという疑問です。


まず、龍馬の最初の江戸での剣術修行のとき、入門したのは小千葉道場という千葉周作の弟の道場でした。練兵館、士学館、玄武館が、幕末の江戸の三大道場でした。前述の井口村刃傷事件の山田広衛も玄武館で修行しました。


前述したように、土佐藩では上士と下士の身分格差があり、下士は日頃から不満を持っていました。江戸に出ても地元の身分格差はそのままです。恐らく、玄武館でも土佐藩の上士たちの師弟が徒党を組んでいたと考えられます。そんな中に下士が入ったらどうなるかは、容易に想像できます。


身分格差の格下がポンと入って来たら、袋叩きにされかねない怖さがある。コミュニケーションでは突破できないのが身分です。玄武館は遠かったという説もありますが、全国の著名な学生が集まっていましたし、剣豪の千葉周作に直接指導を受けられるのは何物にも代え難いメリットです。


でも、龍馬は危険を冒してまで玄武館には入らなかった。あいつらがいたら俺はどうなるか分からんぞ!という思いだったのでしょう。まあ弟さんの道場だけど、小規模でアットホームだし、娘の千葉佐那ちゃんも可愛いし、千葉道場なのは同じだし、いいかなあと。そんなところでしょう。


師匠にも気に入られ、娘の佐那ちゃんとは結婚寸前までいったようですから、龍馬にはこちらの方が合っていたということなのです。そういう意味で考えますと、自分に合うところを選ぶのは大事だなあと思います。一流だからここという発想ではなくて、自分がやっていけるかどうかを冷静に考える。要は、自分にとってのメリットとデメリットを冷静に考えて、あくまで自分にとって利の多い方を取るという発想です。龍馬の場合、そういう感覚が特に優れていたように思われます。


そうです。今は脱藩して勝先生の門下にしてもらったのはいいけれど、土佐藩の上士の師弟たちが大量に押しかけてくる危険があるわけです。そうなると、独りではブロックアウトされてしまう危険がある。だから、自分と同じ下士や友達を連れてきて、徒党を組む必要があったのです。いってみれば、土佐勤王党の結束を勝塾内でも作り出す必要があったわけです。その意味で、龍馬にとって仲間を作るのは、得意だからというのではなく、生きるための手段だったといえます。


それにしても、よくぞまあ勝先生も、土佐の下士連中を受け入れたものです。龍馬なんか、今や脱藩の身、今でいう「住所不定無職」ですよ。20代後半、住所不定無職の浪士(剣術は得意です)を雇って、その親戚や友達を受け入れるわけですから(間違って那須信吾なんかが来たらとんでもない話になりかねない)。


今だったら、どうでしょうか。船舶に乗る国家資格を取るには、専門の学校を修了する必要があります。住所不定無職では学校にも入れません。勝先生は、最初、龍馬を怪しく思っていたはずです。松平春嶽はなぜこんな奴をよこしたのかと。そこで、龍馬をテストした。「松平春嶽から資金を引き出して来い」と。

龍馬は見事、松平春嶽から5000両もの資金を引き出すことに成功したのでした。これによって初めて、龍馬は勝先生にその存在を認めてもらえたのだと考えられます。浪人なんて、そんなものです。結果を出してナンボなのです。


う~ん、勝先生、こうして見るとかなりハチャメチャなようにも見えます。ただ、今の時代を生きる私から見ても、勝先生の懐の広さは、とても眩しく見えるのです。龍馬は、藩を抜け出したところで初めて、自由を享受し、最高の師に出会うことができ、チャンスをつかむことが出来たのでした。


天翔る龍 坂本龍馬伝/日本放送出版協会
¥1,620
Amazon.co.jp

競輪で人生を考えてみた

今回の旅で、私はすっかり高知にとりつかれてしまいました。こうしてブログを書きながら、高知に思いを馳せつつ、人生に思いを巡らせるのです。


競輪では、レース毎にラインを発見して、レース展開を予測します。選手の力やタイプなど、データの載っている無料のB4版の紙を見ながら、レース結果を予想します。でも、この分析方法は、多分、人生を生きる上でも役に立つんじゃなかろうか、というのが今日のテーマです。


高知では、野本さんたちに、プロの競輪選手の目からしたら本当に基本的な質問をたくさんぶつけてしまったのですが、イヤな顔一つせずに、付き合ってくれました。そのとき、選手とラインの話も伺いました。どうしてそんな基本的な質問をしたのかといいますと、それは不思議に思えたからです。何より、レースで所属する都道府県や近隣県の選手がレースでラインを作って走るのが面白い。ありふれた競輪の話でも、そのことを選手ご自身に聞くと、また一味違う楽しさがあるのです。


思えば、日常生活、社会のいたるところにラインが出来ているように思えます。学校、会社、そこにはラインが形成されていると読むこともできる。例えば、バイトでは正社員ラインとバイトラインが現場で形成される。この人知らんと思っても、今日の仕事は一緒に協力してやらないといけない等々。


人生に思わぬ転倒をしてしまった今、ああすればよかった、もっとあいつらを使えば良かった、あのラインをうまく使っておけば良かった!と思うことが多々あるのです。そうです。人生も競輪と同じようにラインで見るといろいろ見えてくるのです。社会では仲がいい人たちといつもつるんでいるわけにはいかない。でも、あの人とあの人が仲がいいのは、そこに何らかの共通点があってラインが形成されているのです。うらやましい!そう思う私はそのラインには入れない単騎なのか?いや、違う。落ち着いて考えれば、誰もが何らかのラインに組み込まれているんだよと。だったらそのラインを生かしていけば効率よく走れるよね、と。


職場のラインも、結局は各自が人生のレースに勝つためにあるもの。バイトなら今日のバイト代を稼ぐための仲間です。いつも顔を合わせる人とはうまく車間を保っておかないといけません。そこで仲良くなれるとすれば、何らかの共通点があるはずです。趣味、本業、学校、出身地等々。まさに、そこには見えないラインが存在するのです。


イジメに遭っている子供たち、学校で友達ラインから外されてしまった!確かに、最近のガキどもは狂暴化している。小学生が麻薬覚せい剤なんて、昔はギャグにもならなかったことが現実に起きている。無理して学校に行く必要はないんじゃないでしょうか、と言いたい。


家族も立派なラインです。血族ライン。これは強力なラインです。人間、ここから離脱することはできません。え、家族がいない人はどうするのか?そんなことはありません。先祖ラインという目に見えないラインがあります。お寺もラインで、宗派ラインでレースをしてたりする。


この家族ラインを大事にすることが大事なんだなあと最近は感じています。例えば、家族や一族のラインの分析をすることは、自分を知ることでもある。親や先祖の話はしっかり聞きましょう。自分の位置や特質が見えてくると、人生のレース戦略に生きるのではないでしょうか。