息をするように更新するさっさーです、こんばんは。おはようございます。こんにちは。
いかがだったでしょうか、「絶え間ないバイオレンス!中学バレー部事件」をお送りいたしました。
トラウマを面白おかしく語れるかチャレンジ第1回も、もう記事3つ目です。
+はプラスと十字架のダブルミーニングです。
「第1回 絶え間ないバイオレンス!中学バレー部事件」
第1章、第2章はこちらから。
第3章〜第5章はこちらから。
【第6章 涙】
息子が往復ビンタされているのを見つけた母の心情はいかなるものか。
「どうして私の息子がこんな目に合わないといけないんだ!」と先生に訴えかける部長の母。
その後、部長含めた上級生(とその母親ら)が全員倉庫に集められ、先生と話し合うことに。
我々下級生はというと、倉庫の横で待機だ。
1時間。
1時間立ちっぱなしで待機した。
いつ終わるか分からないからトイレにも行けない。
怒られるかもしれないからお喋りもできない。
中の会話は聞こえないからただただ暇な時間を過ごした。
ようやく倉庫の扉が開く。
先輩たちも、親も、そして先生も(!)みんな泣いていた。
いまいち状況は分からないが、なんとか和解したようだ。
「お前らも聞こえとっただろ!そういうことや、わかったな!!」
涙を浮かべた先生からの言葉、何も聞こえていなかった僕たちの返事は決まっていた。
「はい!わかりました!」
バレー部員の辞書に「いいえ」の3文字はない。
【第7章 文化】
別に自分の中学のバレー部だけ体罰が横行してたかというと、そうでもない。
香川県という土地のせいなのか、バレーというスポーツのせいなのか、他にも体罰で有名な中学は存在していた。
「あそこのバレー部は毎回鼻血を出すから、白シャツが真っ赤になって帰ってくるのが普通」という噂を聞いたこともある。
不思議なのはどのチームの部員の親も学校や教育委員会に文句の一つも言わないことだ。
そういうものだ、と受け入れてしまっていた。
そして、高校生との共同練習でも香川県の(?)バレー部の(?)体罰の文化を感じることがあった。
顧問同士の仲が良いのか、近くの高校のバレー部が我々の体育館まで来て練習することがしばしばあったのだ。そこでの出来事。
「ありがとうございます!!」
顧問に思いっきりビンタされた後に大声でお礼の言葉を叫ぶ高校生。
高校生までいくと体罰にお礼を言うのかと、大海を知った気がした。
できれば井の中の蛙のままでいたかった。
もう無理だ。
【第8章 退部】
結論から言うと、バレー部は中学1年で辞めてしまった。
親に辞めるための手紙を書いてもらったり、担任からの説得を振り切ったり、色々とあったのだけどその辺は省略。
同じ時期に一緒にバレー部を辞めた友人と、卓球部に入ることにした。
練習で死にかけることもない、体罰もない、恐ろしいほどゆるく楽しい環境だった。
「厳しい環境にいたままの方が成長できたんじゃないか、お前は逃げたんじゃないか」という考え方もあるかとは思う。
それでも僕は後悔していない。
1年近く耐えられただけでも、脆い僕にしては良くやったほうだと自分を褒めたい。
高校時代は部活選びに慎重になり、今度は山岳部に入った。良い部活だった。
登山についてもいつか語れたらと思う。
【第9章 蜜味】
どんなに怒られても、怖い目にあっても、あの日々には勝らない。
ストレス耐性、怖い上司耐性を養えた。
それにこうやって人に語れる話題が1個生まれた。
たとえどれだけつらく大変なことがあっても、いつかは笑い話(?)になる。
笑い話にできる自分になる。
これは大きな発見だ。
もしも今つらい出来事があったとしても、「そのうちブログのネタにしてやる!」という強気な気持ちで立ち向かってみると良い。
自分の不幸も蜜の味だと思えると、人生割と楽かもよ。
〜おしまい〜
いかがだったでしょうか、「絶え間ないバイオレンス!中学バレー部事件」をお送りいたしました。
当時は本当につらかったけど、こうして文章にしてみると思いのほか楽しいですね

この顧問の先生、部活以外では本当に優しい先生で家族にもとても甘々。ギャップ萌えですね

ちなみに、この時一緒にバレー部を辞めた子とは今でも仲が良くて、一緒に上野動物園行く仲だったりもします。
ではでは。