ウィーンの唇型小便器 そのものはARTだと思う しかしARTであることと 性差別的で不適切と感じる人がいて 公衆便所という設置場所に対して 苦情をいわれてもしかたがないこと でもARTとはそういうもので 何となく美術館で展示するならば 許されるというものなのか ということが実感できる気がした 現代美術と近代美術を対比する美術館は 美術館でありながら 作品をとおしてどう感じますかとでも聞いているのであろうか そうであるならば美術館はいたって 哲学的 政治的場でもある しかしよく聞くのは そういうものは展示するのにふさわしくないということ 確かにわざわざ不快にさせられることへの苦情は言えるべきであろう 何を感じるか どうしてそう感じるのか 頭の活性化にはなるが・・・
アメリカで行われているベビーの感情の芽生えを探る実験によると、幼児が好む顔の対応は 目、口、鼻の配置関係が黄金比率のあるものを選ぶと 黄金比はある種のおさまりのよさがあり 本能的にプラスに評価するのではなかろうか そもそも美しいと感じるのはなぜなのだろうかとかんがえされらてしまう・・・
ブログを見れる人は何人いるのであろうか 総務省の資料に夜とアクティブブログはそろそろ100万人のなるのかな そもそも文字が読めない人のが多いようだが 貧富の差をなくすには教育が必要不可欠といわれるが 久々にいい動画を見た 欲をいえばアートさの追求を
使っていないうちにずいぶんと様変わりしていますね 中日新聞の夕刊に連載がはじまった「名画は遊んでくれる」 こういうものが増え ARTが広まることを期待したいです 特定の分野のみで楽しめるものでなく 他の分野の人でも共感できるような書き物が増えてほしいと思います 結城昌子氏の「ゴッホの絵本―うずまきぐるぐる」は立ち読みしたことがありあますが 子ど もが小学生ぐらいになったら見せたいなと思える本でした 原寸美術館 画家の手もとに迫る これはまだ見ていませんが 常々現物を鑑賞すべきと思っていましたが 美術館の友の会の会員になりそこの所蔵作品を何度も見る以外じっくり鑑賞することは不可能なので そういうものが出版されるはありがたいと思います
オペラ パラディース このホームページは地方にウィーンオペラを10000円以内での事業に取り組んでいる小林さんのページです 雑誌シンプルライフに紹介されていました 余暇生活開発士? ホームページそのものはあまりいいできばえではないですが そのなされている活動と行動力に感心させられます こういうかたが増えることが ARTが根付いたといえるのだと思います シンプルライフの紹介では こういう活動をされる まえに とことん自分を見つめなおし 自分の心に素直になり 生き方を変えたというようなことが紹介されていました ぼう芸術大学では 時代の要請に答えるために修士課程をリニューアルし さらに博士課程を新たに設けようとしていますが こういうかたと交流できる大学であってほしいものだと思います・・・
子ども芸術大学などで言われる 子どもの感性をそのまま受け入れてあげてください といっても 現代美術がよくわからない という感想を持つ人に それを求めてもなかんか難しいのかもしれない 一般的には 幼少のさまざまな可能性のなかから 次第にその範囲を限定しながら 教養や文化を身にまとってきたのに あるとき それから自由にといわれても 最近岡本太郎の見直しの機運があるが ある作品の感想を年代別、職業別などの観点から分析し てみるのも 作品を読み解く力の役に立つとも思えるのだが・・・・・
クリムトの人生は戦いなり(黄金の騎士)の製作のいわれにあやかり キッズゲルニカの人生は戦いなり版をやってみたいと思う というのは行政改革などのパラダイムシフト下にあり ことの大小の差はあれ 人それぞれに人生の転換期や 価値観の転換が起こるときがあるはず その蓄積あるいは作品発表をとおして 芸術を身近なものにできればと思う 自分の美術に対する価値観の転換は 昨年度のゴッホ展を何度も鑑賞したことを通じて 美術作品にたいする感じ方がかわったことである
中日新聞に書評欄に関する意見が掲載されたいた 読み手のレベルを考えない 自分たちの領域の権威をほこるような本の紹介で 読書離れを促進させている もっと読み手を意識した紹介方法も考えてほしいといったような内容であった これは芸術でも同じことだと思う 学問でも同じだと思う これはその分野のステータスを維持しようとすると必然的に生じることだと思う ある程度は仕方がないことだと思う ただ新聞が本を紹介するときは工夫が必要だと思う そういうことが新聞の担う役割でもあると思う アマゾンのようなサイトがその機能を果たしている気もするが・・・・・・
