ムラだらけ。
今は、模型の完成イメージに時間を無駄に割いてしまっていると思う。MG HAZELが家に来て半年以上経過した。買うには買ったが作らない。
手は動かさず、イメージでああだこうだしているので、時間を浪費している感は否めない。反省するのであればランナーからニッパーでパーツを切り出したりすればよいのに手を動かさない、ウェルドラインを消すためにヤスリでもかけたら・・・。
お金も消費してしまっている点も、何もやっていない感への後ろめたさを増大させる。
さらに、フルドドという追加パーツが発売されるので手を出す始末。作ろうと思っていても、それならば一緒に作ろうなんて思うと止まっている手は動かない。
模型のよいなと思う点は、立体物として、現実空間に存在しているという点だと思う。それを手に取ることができる。と思うならば、早く作ればいいのに〜と思う反面、色々と面倒くさく感じてしまうのは何なんだろう。
老いか。
ハタマタ、作ることをもったいないと思っているのだろうか?
良くても悪くても趣味へ費やせる時間を、理想的な完成後の模型へのイメージに注力している。そうこうしていると、洋服の身の回りの手入れを疎かにしているとわかる。帰宅後、服と靴へブラシはかけるが、これは長年の惰性。
革靴はこれといって手入れもしない。雨に濡れた革靴も翌朝見てみると塩がふいていたり、これは手入れしないとなとやっと重い腰をあげる始末。いかん、いかんとは思いつつ、後回しにしていることが多い。
思い立ったが吉日。
頭で考える前にすぐ行動。
そーゆーヒトになりたいと、今は思っている。
日々選ぶことに飽きた。選択肢が色々とあることはそれはそれで素晴らしい。私の足と靴下と革靴の相性をここ何年も試行錯誤していた。ハズレの外国製の靴下の品質に憤ったりもしている。
結局、私にとって良い組み合わせってのは、BRESCIANI若しくはlacquer&C.のコットン製靴下に私のお気に入りの革靴。心穏やかに一日を過ごしたい時はこの組み合わせに。
それ以外はまさしく惰性で履く靴下と靴を選ぶようになっている現状、それも又吉。
惰性ではなく、積極的に行ったことで、やらかしたと思ったのは、冬春夏がクロスオーバーする時期だったからFALKEのインビジブルソックスを履いてチェルシーブーツを履いてみた。まぁ、靴の中で足が動く動く。爪先の空間に余裕がありすぎ、踵のホールド感も薄く、かえって疲れた。
こーゆー失敗もある。