ソ祭の証2011.
僕には夢がいくつかありました。
ミュージシャンになって多くの人にエネルギーとか感動とか与えたい、先生になって子供が自分に自信を持てるように関わっていきいきさせてあげたい、カウンセラーになって自殺志願者とかになにかできることをしてあげたい、そんな感じです。
イエスキリストは、貧しい人、身体が不自由で乞食やってる人、今でいうヤクザとか、さっくりいうと助けが必要な人とか愛に飢えてるような人たちと生活し、全力で愛し受け入れました。能力や見かけ、身分、自分へのメリットとか関係なく、ただ神様が創り愛しているからっていうだけで。
オレは実はクリスチャンなんですが(笑)、オレもそんなふうに人を愛し、受け入れて生きるぞ!!って思って描いた夢がこんなでした。動機は自分でいうのもアレですが、なかなかだったと思います(笑)
でも、実は心の底には大きな矛盾がありました。
他の人にはそのままで愛したい、何ができるかできないかじゃなくて、神様が愛してるから愛したい!って思ってたのに、自分に関しては他の人のために生きなければいけない、じゃないと生きる意味がないってくらいの意識がありました。それがちょくちょく一緒に頑張る仲間に向いてしまったりしていました。そしてある時、イエス様に「オレが言いたいことをオマエが一番わかってないじゃん!」って言わんばかりに、二年間くらいやることなすこと全部上手くいかなくなってしまい、自己嫌悪と空虚感でもはやこのまま死んでいくのか。。。と本気で悩みました(笑)その時は、こうやったら上手くいくんじゃないか?あれチャレンジしてみよう!これでバッチリだ!とかこれがベストだ!って思ってやるのに、周りの人から「それはさすがにちょっと待て!」って言われたり、神様からも「それちゃうやろ」ってツッコミ入れられたり、後から見ると自分でもツッコミ入れたくなるようなことやってて、何をしたらいいのか、何がやりたいのかとかがどんどんわからなくなっていきました。それでどうしようもなくなった時になってやっとこう祈ったんです。「イエス様、オレが考えることとか思い描くことがしょうもないことばっかりでビックリしてます。イエス様、あなたが考えていることを教えてください。あなたがオレよりオレのことよくわかってるってことがやっとわかってきました。あなたの教えてくれる方向に行きたいです」このころちょうど就活中で、全力で働ける場所で働きたいと思いながら、IT、コンサル、人材等いろんな会社を回っていました。でもどこの会社もしっくりこなくて悩んでいたけれども、新たな情熱とパワーを神様からもらって10ヶ月間苦戦し続けた就活が教育っていう思いもよらない道にわずか二週間で決まり、また、ストリートを一緒にやる仲間もでき、離婚寸前の人や、不良少年、ホームレスの人、今まで関わることがなかったような人との出会いがあったりと、道がどんどん開けていく感じがしています。これからまだいろんなことがあるかもしれませんが、その度にイエス様の愛をいろんな角度から感じて、もっとイエス様の愛を感じイエス様を愛する、ラブラブな人生を歩んでいきたいなって思います。