「忙しいのに音読を聞かなきゃダメ?」
やる・やらないの差は【歴然】
「(仕事で)疲れて音読なんて聞けない」「何度も同じ内容で負担」
担任時代、個別懇や電話連絡、家庭訪問などで、よく言われましたね。
確かに、毎日子どもの音読を聴くのって、大変だと思います。特に、ワンオペで高校生以下の兄弟姉妹のいる家庭は。
ただ、正直なところ、音読だろうが自己紹介カードだろうがスケッチだろうが、宿題を出すとき、担任はすべての家庭の事情を考慮しきれていない…っていうか、配慮してたら宿題なんて出せません。
計ドや漢ド、理科、社会の宿題に比べて、音読って誤魔化しやすいといいますか、軽くみられがちです。
音読カードにサインするけど、やっていないことは【バレない】よね?
そも音読に【意味】があるの?
正直に言いますと、バレます。
というよりも、音読を“ちゃんと”やっている子とそうでない子って、国語の時間で“ある程度”分かります。
新しい単元や授業はじめ・終わり、物語、伝記、詩…など、文章を子どもに読ませる時間を設ける教員が大半です。(時間配分をミスった場合はないこともありますが…)
音読をいい加減といいますか、していない子らはまず“読めない”。
この【読めない】とは、漢字や熟語が読めないって表面的なものだけでなく…もー家での宿題では「どうしてるの?」ってくらい。
(基本的に事前に授業で漢字や熟語の意味・読みをしていますが…)
まー、句読点(、や。)って高学年でも難しいですが、それを除いても読み方がたどたどしい。
語彙と語彙のつながりや改行された文章があれば、そこで躓いてしまったり、違うところを読みだしたり、読むスピードといいますか、声のボリュームが弱くなってしまったりするわけで。
そりゃあ、普段読んでいなければ、いつまで経っても【慣れ】ないし、自信もつかないです。
だから、音読にはやはり“意味”があるし、それなりの“効果”だってあるんです。
・文字と音を結び付け、読解力の基礎をつくる
・語彙や表現を自分のものにする
・声に出すことで内容の理解が深まる
・読む力と話す力の両方を育てる
これに加えて、授業ではおとなしい子や恥ずかし屋さん、場面緘黙の子など、家庭では【感情たっぷり】【抑揚をつけ】て読んでいるようで、子どもの新たな一面を発見する機会にもなるんですよね。
(保護者から動画で見せてもらいましたが、本当に学校では“見せない顔”でした!)
このように、音読は子どもの成長を支える大切な活動だけでなく、子どもと親のコミュニケーションにもなるわけです。
っていっても、現実問題なかなか難しいでしょう。
次回はそこを書きたいと思います。
