絶対にやった方がいい
無理なら相談しよう!
宿題って大変ですよね。
やる子どもはもちろんのこと、“やらせる”親も。
宿題をやるよう促すと「言われたからやる気がなくなった」、やらせると「わからないからできない(教えて)」「音読聴いて」って、言われるから面倒ですよね?手間ですよね?
確かに、高学年になると「拡大図と縮図」「合同な図形」「電気」「水溶液」など、意外と難しい内容も多くて、教えたくても教えられないってこともあるでしょう。
また、毎日の音読だって、同じ内容を延々と聞かされる…筆頭は九九ですが、物語であれば子どもより親が先に覚えちゃうこともあるわけですから。
すごく冷たいことを言います。
わが子の能力や学力が向上しなくてもいいと思うなら、教員から叱責されてもいいと思うなら、別に放置で「いいんじゃない?」…と思います。
多くの家庭が共働き、ひとり親が増えている現代ですから、わが身(仕事)だけでも大変で疲れているのに、帰宅後も洗濯や食事、明日の準備だけでなく、子どもの【宿題】をみる…大きな負担になるでしょう。
担任時代、宿題忘れやできなかった子はいました。
そういった子らは事情を聴いたり、怒ったりしたりしますよ。
(分からなかった子にはできるまで教えましたが、休み時間は無くなりますね!)
でも、音読って、ある程度“特定の子”がやってこないんですよね、「親が聴いてくれない」「親がいない」って。
この場合は、朝の準備時間や休み時間を使って、聴いてあげますし、当日(前日?)の下校時間までに聴いてあげることだってありました。
(これが良いこととは思いませんが、したくても“できない”のは【子どものせい】ではないわけで)
そりゃあ、介護や乳幼児のお世話、兄弟が多い家庭など、家事育児で大変な親もいるでしょう。
ですが、どんなに忙しくても“きちんと”家庭学習に向き合ってくれた家庭の子どもは定着率も成績も伸びる傾向があり、提出物や生活習慣も比較的安定することが多かったです。
学習は一日一日の積み重ねが大切ですが、それを放棄する家庭の子は…学習面だけでなく生活面でもルーズになってしまう可能性があります。
だって、習慣化されてないし、“適当が是”とする考えが身に染みていくんですから。
音読もそうです。
書いてある文章を目で観る、頭の中で整理する、言葉にして耳で聴いて、再度頭で理解するっていう複雑な工程を毎日やることで、少しずつですが鍛えられるんです。
例えば、
1.国語以外の教科の文章題を解く力がつく(読解力)
2.間違えたまま気づかない「勝手読み」がなくなる
3.自分の都合のいいように曲解(文章を変える)がなくなる
音読といっても馬鹿にはできないもので、すべての基礎である国語力を鍛えられるのです。
(まー、海外やインターナショナルな学校なら不要かもしれませんが)
極論、わが子に力をつけさせたいか、自分が楽したいか…好きな方を選べばいいです。
「親ばかり負担を押し付けるのか」「毎日できるか!」
「時間が取られて何もできなくなる!」
「親だからやって当たり前と思うな!」
などと、思われる方もいらっしゃるでしょう。
では、教員に押し付けますか?
教員にも家庭があれば、同じように子どもの宿題だってあるんですよ?
親(大人)なら頭を使って工夫してやるんです。
分からない問題があれば、「明日先生に聴いてみよう」と言って、連絡帳に一筆書けばいいし、上の子がいれば『ミニ先生』をお願いしてもいい。
音読なら、兄・姉・祖父母がいれば「聴いてあげて」と代わりにしてもらって「どうだった?」と聴けばいいし、スマホやタブレット、レコーダーなどで録音・録画したらいい。
音読では長いお話でも、ほんの数分です。
夕ご飯の準備や洗い物をしながらでもいいです。同じ部屋にいれば聴こえるので、終わって一言感想を言ってあげるだけでも十分です。
毎日親が仕事で21時過ぎにしか帰れない、子どもだけで生活させている、介護や療育、パートナーが非協力的…なら、無理でしょう。
(懸命に働いているという事情は察しますが、法律や福祉の観点では「経済的援助」と「養育・保護」は別物で、学齢によって【ネグレクト】認定される可能性が高いです)
専門家(笑)や記事で、『毎日は無理でも週末や休みの日にまとめやってあげればいい』って、キレイ事といいますか、耳障りのいいことを言いますよね?
でも、毎日宿題は出されますし、できなければ事情説明するのも叱責されるのも“子ども”なんです。
