いま、あなたの目の前にはどんな景色があるだろうか
窓の外に移りゆく景色を眺めながら季節を感じているだろうか
都会のビルの間を颯爽と風に吹かれながら歩いだろうか
それとも自分の部屋で読書でもしているだろうか
友人とカフェでコーヒーでも飲んでいるだろうか
そして、
その『日常』には善悪はあるだろうか?
靴を履くことに善悪などない
食事をすることに善悪などない
景色をみることにも善悪はない
しかし、人は人の行いには善悪をつける
あの人がこう言ったから
あの人がこうしたから
自分はこんな状態だから
それは止められないジェットコースターと同じだ。怒りや憎しみに満ちた感情は正論という上っ面をかぶってどこまでもエスカレートする
今「ない」にどうか執着しないで
今「ある」ものに目を向けて
今あなたにとってなにがあれば心が満ち足りる?
ほんとうの自分の心の声に耳を澄ませば、
自分がおもっているよりはずっと簡単にそれを手に入れられることに気づくはずだ。
周りがそう言うからではなく、
そういう常識だからでもなく、
家族や友達や恋人にどう見られるかでもなく!
これがあれば無難だから、でもなく。
それらを捨て去ったらあなたが幸せにしてくれるものが初めて明確に現れる
日々、あなたを幸せでない状態にしていると、あなたが思っている人や物事をどうにかしようと思うことは、
春の日に鳥がさえずり始める声をやめさせようとしていることと同じだ
ルールは存在しても
怒りは存在しても
悲しみや憎しみは存在しても
善悪は存在しない
ただし好き・嫌いは存在する
すなわち選択が存在する
そのことが真に理解している人が自由で幸せに満ちているのだろう