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昨日スーパーに買い物に行ったら、
「レジ袋はどうされますか?3円です」と言われた。

 

何も用意していなかったので、
「お願いします」と言って袋を貰い精算を済ませ、
袋に詰めながら、ふと思ったのは、
エコの事でもマイバッグの事でもなく、
レジ袋が有料という事でもなく、
レジの人の大変さだった。

 

次から次に並ぶお客さんひとりひとりに、
レジ袋が要るかどうか確認しなければならない、
その一声は大変な労力だ。

 

そう考えながら以前経験した事を思い出した。

 

やはりスーパーだったが、
レジの人が風邪をひいていて、
声もガラガラで辛そうだったが、
振り絞るような声で、
「レジ袋はどうされますか?」と聞いてきた。

 

その時はマイバッグを持っていたので、
要りませんと答えたが、
レジの人は、客がマイバッグらしきものを持っていると思っても、
一応尋ねなければならない。

 

とにかく全員に、いちいち尋ねなければならない。

 

大変だなと思うと同時に、
風邪をうつさないでとも思った。

まあ客に風邪をうつされる場合もあるだろうが、、、。

 

エコ(無駄な浪費をしない)は良い事だし、
それに貢献しているレジの人の一声は貴重だが、
もっと合理的な方法は無いだろうか?

 

ひとつの案としては、
レジの近くに札を用意しておいて、
レジ袋が必要な人は精算の時にそれをレジの人に渡すなり、
買い物カゴに入れておくなりすれば、
客やレジの人双方が無駄な労力を使わずに済む。

 

札は破損するまで使い回しが出来るし、
レジの人の労力や、
客がいちいち返事をしなければならない煩わしさと比べれば、
大したコストではないだろう。

 

客がレジの人と会話をしたければ、
別の話題で会話をする方が、
店側にとっても客側にとっても
メリットがあるのではないだろうか?

 

 

 

今年も色々ありましたが、
とりあえず今年も今日で終わりです。


思いつきの独り言に過ぎない、愛想の無いこのブログに、
時々目を通して頂いた皆様には、
貴重な時間を奪ってしまって申し訳無く思っています。


時々見て頂いた方、ぺタをくれた方、
ありがとうございました。


(ぺタ返しはした事がありませんし、来年もお返ししませんがお許し下さい)


年の変わり目に際して、

今年の嫌な事はすべて忘れて、新しい年に向かって行ければ、
世界も少しずつ平和に向かうのでしょうが、
リセット出来る問題ばかりでないのも確かです。


世界には色んな国があり、色んな人が居て、
誰もが納得出来る状況を作り出すのは至難の業です。


しかし国際問題はもちろん、どんな問題に関しても、
決して対決姿勢ではなく、取り組んで頂きたいものです。


私自身にも思い当たる事ですが、
自戒の念を込めて申し上げれば、
何事も懲りず諦めず、
1mmずつでも良い方向に進んで行くよう、
心掛ける必要があると思っています。


来年がどのような年になるか分かりませんが、
皆様にとって良い年になる事を願っています。


それでは、良いお年を。


日清のカップルヌード。


CM 玉置&青田で日清のカップルヌード。いや間違い、、、カップヌードル。


与作は木を切る、旭天鵬~、旭天鵬~。


冗談はさておき。



1994年、細川首相の時に開かれた防衛問題懇談会で、
東大名誉教授の渡邊昭夫氏が、
多国間安全保障というレポートを作成したが、
それに不快感を持ったアメリカが、
日本の防衛庁、外務省に圧力を掛けた結果、
大きく修正を加えられ、
当初の主旨と全く異なるものになってしまった。


そして、16年経った現在、
一般を対象にしたある世論調査で、
そのレポートの本来の主旨に似た考え方が、
60%近くある事が分かった。


渡邊氏のレポートについての調査ではなく出た結果である。


渡邊氏のレポートは、一般には知られていないし、
知られていても修正が加えられたものである。


レポートの主旨は、
安全保障条約をアメリカ一辺倒ではなく、
多国間で展開するというものだった。


ここで誰もが素朴な疑問として思うのは、
多くの国と平和を分かち合おうとする、
その考え方を、アメリカは何故不快に思い、
妨害し続けるのかという事だ
ろう。


それは程良く危険な状態を温存する事で、
自己の存在意義を維持するのが目的の、
非常に狡猾な戦略であるのは言うまでもない。


アメリカは戦争をしなければ成り立たない国であり、
アメリカの繁栄の陰には、
常に理不尽な犠牲がついて回っている。



年金支給額引き下げを正式決定=5年ぶり、物価下落に対応―政府
時事通信 12月20日(月)15時47分配信


 政府は20日、2011年度の公的年金支給額の引き下げを決定した。

物価下落に伴う措置で、引き下げは06年度以来、5年ぶりとなる。

下げ幅は国民年金で月200円程度となる見通し。


 年金支給額をめぐっては、細川律夫厚生労働相が14日の閣議後会見で、
「全体的に物価が下がり、現役の賃金も下がっている状況なので,

やむを得ないのではないか」と引き下げを表明した。


しかし、菅直人首相は来春の統一地方選などを念頭に、
高齢者の反発を招く恐れのある引き下げに慎重な姿勢を見せ、
関係閣僚に再検討を指示していた。


 細川厚労相、野田佳彦財務相、玄葉光一郎国家戦略担当相ら、
関係閣僚による折衝が20日開かれ、
その結果、「法律の規定に従うべきだ」と来年度の引き下げで意見が一致した。



上記時事通信の記事より。


年金の取り扱いについては、民主党に限らないと思うが、

非常に軽く見られている。


政治家は、現在の年金支給額が妥当だと思っているのだろうか?


妥当だと思っているから引き下げに踏み切るのだろう。


とんでもない話だ!!


今回の引き下げ額は、月200円程度となっていて、

大幅な引き下げではないので目立たないが、

年間で2.400円だ。


年金以外収入の道が無い高齢者にとっては、

1円減らされるだけでも不安だろう。


現在の支給額が多過ぎるのであれば、減っても支障は出ないだろうが、

月に5~6万の年金では、すでにまともな生活は出来ていないはずだ。


私が年金を受け取るのは、まだまだずっと先の話で、

まだ被害者にはなっていないが、

高齢者や、弱者を平気で切り捨てる政策を続ける、

政党及び政治家に大きく失望している。


政治家は国民、いわゆる庶民の代表である事を、

忘れているのだろうか?


日本人をざっくり分けると、

官僚(公務員)とそれ以外で構成されていて、

税金を巻き上げ好き勝手に使う(敢えてドギツイ表現をさせて貰う)

官僚と渡り合い折衝する為に、政治家が必要なのであって、

官僚のお先棒を担ぐ事しか出来ないのなら、

また、そうするつもりしかないのなら政治家とは言えないし、

そんな政治家は何の役にも立たないのである。


これからも年金額は減少して行くだろうという話もある。


世間の困窮を尻目に不当にヌクヌクと生きている特定の層。


そこにメスを入れないで何が出来ると言うのだろうか?


たまに官僚のお先棒を担ぐだけならまだしも、
政治家になった途端に偉くなったと勘違いしてしまう愚か者も居る。


政治家にしっかりしてもらわないと、

この国はお先真っ暗である。


政党間で争っている場合ではないのである。


政治家は一致団結して、

国会の捻じれなどではなく、

この国の捻じれを正す決意を固めるべきではないだろうか。



最近、墓の事が気になっている。


現在、当家の墓はお寺の納骨堂で、
それもロッカー式の小さなスペースだ。


墓石を建てて家単位で祀る墓の歴史は浅く、
昔は個人単位の土葬が主だったし、
戦前までは、自分の所有地の一角や、
隣組などで墓を建てるケースも多かったと聞く。


よく墓を買うという言い方をするが、
墓は買っても土地の使用権だけで、
所有権は無いので、売る事は出来ない。


そう考えると非常に高額だし、
場所も不便な所が多く合理的では無い気がする。


戦前のように、
自分の所有地に墓を作ってはいけないのだろうか?


自分の所有地(自宅の庭)に、
墓なんか作りたくないという意見もあるかも知れないが、
個人的にはそうしたいと思っている。


墓が遠いと頻繁に行けないし、
暑くても寒くても気になったりする。


しかし、自宅の庭に墓があったら、
近所が気味悪がるかな?


墓地が恐いのは、多数の墓石が集合しているからで、
個別に庭にある分には気にならないのではと思ってみたり、、、。


自分の墓は要らないと思いながらも、
先祖は大切にしたいという気持ちがある。


自宅の庭に墓を立てて良ければ、話は簡単なのだが、
現在のような墓地事情では、借地に墓石を建てる事になる。


そもそも、そんな条件でしか祀れない墓というものが、
絶対に必要なのだろうか?


そんな疑問まで沸いて来たりして、
なかなか考えがまとまらない。


墓地には、公営、民営、寺院とある中で、
公営が一番安価だが、
競争率が高く、公営墓地にありつくのは難しいのが現状だ。


公営墓地の抽選に当たったとしても、
不便な場所だったら意味が無い。


いずれにしても、
使用権だけで、所有権の無い土地に、
墓石を建てて祀る事の違和感が消えない。


自分の土地だと言える所でないと、
落ち着かないし、先祖もゆっくり眠れないような気がしてしまう。


まあ、墓についての結論を出すには、
もう少し考えてみないといけないと思う、
今日この頃であります。