東京丸の内。
日曜日だ。
昨日の夕方から雨が降っていたが、
夜中にやんだため朝はひんやりとした
風が吹いている。
平日のOLのヒール音や他愛のない
声の束などの耳に馴染んだ街の
喧騒は今日はきこえない。
すべてが透明になってしまうほどの静かな朝。
ニューヨークにいたころ先輩に
「ここはお金があれば楽しいよ。
でもお金がないと人間扱い
されないから」。
あの言葉をふと思いだした。
東京もそうかもしれない。
憧れの蜃気楼の誘惑に
どれくらいの人が今年も
堕ちていったのだろう。
DEAN & DELUCAでベーコン
レタストマトにツナを加えた
BLTサンドと、
ほうれん草とベーコンの
キッシュを頬張りエチオ
ピア豆のブラックコーヒー
を胃袋に流し込んだ。
ほどなくしてひつじさんが到着。
初っ端から「もうすぐ11月なのに
なんで半袖なの?」とから
かわれてしまう。
ひつじさんはアボガドトーストと
野菜の盛り合わせを注文。ゆっ
くりナイフとフォークで上品に食し、
45分くらいしてからお店を出た。
お店の前の花壇には皇帝ダリアが
欲張りに咲いており時折、
秋の風が木の葉を掃いていく。
東京駅から日本橋の啓発セミナーの
会場に向かうタクシーの中から
人混みを確認していた。
すでにたくさんの人が並んでいる。
主催者がいかにカルト洗脳
しているかをセミナーに
潜伏して調査することが
今日の目的だ。
運転手に礼をいい、人だかりが
できている最後列に並ぶと前に
並んでいるキラキラした女性
同士の会話が聞こえてきた。
「この前良かったよね。今日はsakamotoさん
も来るから早くきて挨拶したかったの」。
彼女たちは常連でありセミナー講師に
親しみを抱いてることがわかる。
7分ほど列を並びようやく受付を済ますと
オレンジの羽根をうけとった。なにかの
目印だろうか。
「羽は胸元につけてください。入場者の印でございます」。
なるほどな。そして、
「おはようございます。こちらへおこしくださいませ」。
30代前半くらいの男性スタッフが
ピシッと決まったブルックス
ブラザーズのスーツで案内してくれた。
会場にはいると、人人人人…
数千人のキャパだ。
そして心地よいアロマの香り
(ペパーミント)がする。
ディヒューザーを会場の
出入り口に設置しているのだろう。
着席しているジャケット姿の人たちは
みんな談笑したり椅子の上に
置いてあった資料を読んでいる。
パイプ椅子がズラッと並んでおり
セミナー会場の一番後ろから
前方までかなりの距離がある。
「こちらの席へお座りください」。
今度は若い少し茶髪の
女性スタッフが案内してくれた。
言われるがままに
中央左端の2席に座った。
私は端、ひつじさんは端から2番目に
座ったため隣の席に座っていた
40代前半くらいの女性がひつじさんに
話かけてきた。
「おはようございます。どこからこられたんですか。
私は大阪の住之江からです。よろしくおねがいします」。
しかし声を掛ける相手を間違えたようだ。
ひつじさん
「(プイ)」
当然、女性の顔はひきつっている。
ひつじさんは相手のペースにのらない。
派手な蝶ネクタイをしている
時点で常軌を逸した人(ひつじさん)
だということはわかるだろう。
ひつじさんのような人がふえれば
時代の過渡期に詐欺にハマる人は
少なくなるだろう。
次は前の席に座っていた小太りで
なぜか汗だくでロイド眼鏡をかけた
豚骨臭い男性が鼻に手をあてながら
私に声をかけてきた。
「あああええ、あの~キミは~
どこから~ええへへへ、きた▲☆
■か~~ぼぼぼぼぼぼオレ、あ間違えた笑
ぼくぅ~大宮から~きたんですよグフフフ
キミってもしかして田舎からきたの~笑」
目が泳いでいる。
オタクの典型だ。
乃木坂46のタオルで汗を拭いている。
汗が止むことはなく他者を侮蔑
することは忘れていないようだ。
スケッチャーズの真っ赤なスニーカー。
パンパンに膨れ上がった黒のホーキンスの
リュックサック。そして茶色のチェック柄のシャツを
ケミカルウォッシュのジーパンにINしている。
INは東横INだけにしといたほうがいい。
こういう90年代前半のオタクの格好
をした男が、三菱重工業の本社で
人事部長(年収1400万円)として
働いていたりするから世の中
わからないものだ。
ところどころパルメザンチーズの
粉のようなフケが頭と肩に
ふりかかっていて髪の毛は
脂ぎっていてキラキラ。
私の脳は【パル】と
呼ぶようにした。
私はオレンジジュースを左手でもち
ストローを右手で持ち聞こえて
ないふりをして
「ブクブクブク!!!!(逆流の音)」
かましてやった。
(逆流ブクブクは幼児がよくやる)
おっと、今日はセミナーに
潜伏しにきたのだ。
その後トイレに行ったりひつじさんと
ファッションの話をして時間を
つぶした。
会場は大騒ぎではないがみんなの
顔の表情をみているとリピート
してセミナーを受けに来ている人が
いることもわかる。
それだけ心を動かすのだろう。
もうそろそろかなとセミナー
前方の壁にかかった丸い時計を
みて過ごした。
よく耳をたてると会場は
心地よいショパンやブラームスの
クラシックの音がひそかに流れている。
日曜日だからきっちりしたスーツ姿
は少ないがビジネスカジュアルが多い。
急に音楽が止まると、
会場が一瞬で静まり返った。
時間だ。
(シーーーーン)
前方左のステージから小綺麗な
20代半ばくらいの男性の司会者が
現れた。靴音が静寂を破る。
司会者
「みなさーん、おはようございまーーす!」
会場一同
「おはようございまーーす!!」
司会者
「本日は○○セミナーにお越し
いただき誠にありがとうございます。
私元気だけが取り柄の○○と申します。
まず本日の内容にご説明させて
いただきます。セミナーでの録音や撮影は
遠慮していただきければと・・・」。
この辺はよくあるテンプレート。
そして。
「それでは皆さんいいですか?
いよいよSakamoto講師の登場です。
大きな拍手でお迎えください!!」
会場全体のボルテージがウキウキに。
ここからが見せ場だった。
蛍光の照明が所狭しとチカチカと
輝きBGMは映画ミッション・イン
ポッシブルのあのテーマ曲が流れ出した。
(ジャン!ジャン!ジャンジャンジャン!)
拍手はPACHI、PACHIではない。
BACHI、BACHIと豪雨のような
拍手の渦の中、講師が舞台の
袖からゆっくりと歩いて登場した。
有名な講師なのだろう。
私の周りにいた人たちも一気に湧く。
「おはようございます。Sakamotoです。今日初めての方は
何人くらいいますか。ちょっと手を上げてもらって
いいですか。あーそこの女性の方。今、目が合い
ましたね笑 ありがとうございます。
いやぁー今日はなんだっけみなさんのなんのセミナーでしたか?
ん?そうだった。そうでした、○○についての講演会ですね。
日本中駆け回ってるのでもうなにがなんだか笑」
会場がドッと湧く。
「先週は大阪のセミナーで2500人の前で話をさせてもらいましたが
今日は花の都東京は3000人ですね。大阪はウェルカムだったけど
東京はどうかなー」。
芸人のリズムとテンポ、間のような話し方で
次から次へと会場をリラックスさせようとしている。
冗談やお茶目な一面がでると会場は笑いの渦に。
そして拍手。
まるで芸人の上岡龍太郎の
理論と明石家さんまの
明るさを彷彿させた喋りだ。
信者的(ファン)な人たちもかなりいるようで
講師の話にうんうん、そうそうなどと
合いの手を大声でいれる。
相撲や歌舞伎で見受けられる掛け声みたい。
この時点で若干引いてしまった。
生理的に合わないというアレだ。
でも潜伏しにきたので
帰るわけにはいけない。
ひつじさんをチラッとみると
すでに興味がないのか、
靴下のラクダの刺繍をじっと
眺めてニコニコしていた。
講師の自己紹介、近況報告、
受講者との思い出などの話が
終わると本題へ。
本題では思考は現実化するの
話がところどころでてくる。
「せーっの!思考は!?」
と叫んだら、
みんなで、
「現実化する!!」
と大合唱。
最初は照れてる人もいたが
途中から笑いながら大声で。
【パル】もハアハアいいながら必死になっている。
半強制で隣同士の人とハイタッチ
させたりクイズを次々とだしていき
隣の人と答えを共有したり。
これはある種の催眠だ。
いちばんおどろおどろしかった
催眠体験が次になる。
人差し指が伸びる催眠。
信じれば人差し指が伸びる
というワーク。
Sakamoto
「じゃあ、実験しましょう。まず両手のひらを顔の前で
合唱のようなポーズで合わせてください。
今両手の人差し指の長さは同じだと思いますが
長さを変えてみます。
合唱をやめて左手のひらを
あなたの顔の前に持ってきてください。
そして人差し指をじっと
見つめてください。
人差し指だけです。
ぐっと意識を集中してください。
ぐっとですよ。
いいかな?
では集中した状態でふかーく、
ふかーく深呼吸してください。
ふかぁーーーくぅ。
ふかぁーーーくぅ。
もう一回息を大きく吸い込んでー
大きな声で・・・
伸びろ!!!
と叫んでください。
恥ずかしいかもしれませんが
お金を払ってきていただいた
のですから恥は捨てましょう。
人差し指だけに集中!です。
伸びろ!伸びろ!伸びろ!
伸びろ!伸びろ!伸びろ!
と何度も叫んでください」。
広い会場からポツポツと
伸びろ!という叫び声が
聞こえてくるとあっという間に
伸びろ!の大合唱がはじまると、
バラバラだった3000人の声が
一気に重なり合い、伸びろ!の
テンションMAXへ。
狂瀾怒濤(きょうらんどとう)。
そしてsakamotoの伸びろ!が伸びた!
にすり替えられていき会場の怒号も
伸びた!にオセロのようにかんたんに
変わっていく。
【パル】は周りをキョロキョロして
「グフフ、伸びたぁ!」と叫んでいる。
伸びた!
伸びた!
伸びた!
会場で過去形の連呼の渦が広まり
妙な一体感が誕生していることに
気づいた。
にんまりとしているSakamotoも
さらに火に油を注ぐように
ふざけた口調で、
Sakamoto
「ドラえもんの主人公は⤴?」
会場
「のび太!」
Sakamoto
「しずかちゃんを好きな男の子は⤴?」
会場
「のび太!」
前方左の巨大スクリーンには
しずかちゃんとのび太の
画像がバシンッと現れる。
一気に熱量が上がり
緊張感から開放されて
楽しい雰囲気に。
最初の猜疑心は溶けて、
ムッツリしていた男は笑顔に。
ムッチリしていた女は破顔に。
キッチリしていたスタッフはしたり顔に。
洗脳のプロセスを垣間みた。
最後にはすべてのパワーを使って
会場一体となり全員で叫ぶ。
「のび太ぁーーー!」
Sakamoto
「フーー、お疲れさまでした。(ペコリ)
じゃあ、手を合唱してみてください。
指の長さが変わっていますから」。
おおーー!!というどよめき
と地鳴りが会場を揺らす。
嘘だろ!まじやばい!エモいっす!
とみんなテンション高く
高揚している。
これが催眠(洗脳)のプロセスだ。
洗脳にかかりやすい人は
リアルに筋弛緩が起こり
指は伸びる。
マジックとか超常現象ではない。
催眠にかかりやすい人は
洗脳にかかりやすく、
逆に疑い深い人は
催眠も洗脳もかかりにくい。
私もひつじさんも伸びなかった。
【パル】は1センチ近く
伸びたようで興奮して
さらにハアハアいっている。
軽いパニック状態の人が
周りにたくさんでてきた。
これをトランス状態といい、
思考停止になり頭が麻痺して
真っ白な状態。
純白になったらすべての話を
肯定的に受け止めやすくなる。
トランス状態
↓
情報を刷り込む
↓
トランス状態
↓
情報を刷り込む
こうやってセミナーに来た人や
カルト宗教につれてこられた人を
ブレインウォッシュ(洗脳)していく。
昭和時代なら大音量や暗い部屋、
恐喝などで洗脳させていく物理的な
手段が有名だったが今はもっと緻密。
マンガやドラマに出てくるような
おどろおどろしい格好をした
教祖やその取り巻きのような
人間はいない。
カジュアルにセミナーや
スマホを使ってカルトに沈めていく。
怖いのはどれだけ疑い深い人でも
何度も刷り込まれていくとある日
コロッと信じてしまうこと。
90年代日本を震撼させたカルト団体の
幹部は最高学府をトップで入学した人が
多かった。
私は大丈夫!育ちが良くて高学歴!
と言ってる人ほど危ない。
孤独がかさなった瞬間に
美しい色気に満ちた情景を
魅せられる。
(美しいバラには棘がある)
セミナーの最後では
セミナーで成功した人
体験者の声を紹介。
そして夢見心地の状態で
何百万の商品が紹介
され、バンバン売れていった。
申し込み希望者がワーーーっと
集まりその様子を見た群衆がさらに
貪るように申し込みに殺到する。
買わなかった人も家に帰って
ドラえもんをみていたら
のび太くんがでてきた瞬間・・・
あの指が伸びた奇跡を思い出し
「やっぱりあの商品がほしい!」
となってしまう。
カルト信者がなぜ数千万円も
する壺を購入したり信者で
居続けるか。
なにかをみたり思い出した瞬間に
催眠状態にはいってしまうためだ。
(さっきのセミナーで言えばのび太くん)
だからついつい買ってしまい天国へ行ける
と信じて、買っても後悔するという感情が
なかなか湧いてこない。
そして壺の存在や信者であること
で情緒的な安定感(一体感)を得る。
(結果→家族とトラブルになる)
いざ家族や弁護士が脱洗脳して
壺を返金請求しようと
しても返金してくれない。
連絡がつかない。電話番号
もメールも返信がない。
最初の話とぜんぜん違う
これは詐欺だ!となるが、
日本においては詐欺は
騙された方も悪いという
神話がまだ根強いため
相談もしづらい。
最終的に
カルトは怖いしもうお金もない
のでどうしようもない、となる。
病気治療でもそうじゃないか。
嘘八百の何百万円もする
自然治療で騙される人がいる。
例えば私のような潰瘍性大腸炎の人を
筋弛緩やホルモンがドバドバ
状態、脳をシータ波状態にすれば、
カラダが楽になったり
出血はある程度治まり
便器を真っ赤に染めることも
減っていくだろう。
すると奇跡だ!となる。
そして
「奇跡を続けたければ
何千万円もする治療器や壺を
買いなさい!医者はあなたを
地獄へ堕とす!」
と言われて
黙って購入する。
軍隊の下っ端の軍人が上官に
絶対服従で敬礼をするように
思考停止で購入する。
トランス状態になれば
無謀な治療も受けてしまう
のが人の性(さが)であり、
寂しい思春期を過ごし
依存度が高く誰かに
すがりつきたい人ほど特に
貶(おと)されやすい。
解けない自己暗示は他人から
みると呪いだが、当人には祝いだ。
追伸
家族恋人友人仕事仲間隣人に
リスクを追わせると
必ずいつかそれは罪
として返ってくる。
(カルマ)
決して真似しないでほしい。
毒親、毒上司は弱者を支配下におき
罪悪感を植え付けてエネルギーを
慢性的に奪っているが
いつか痛い目にあうだろう。
私はホームレス時代、よく
水を盗んだ。公園の蛇口
から盗んだ。それしか生きる
道がなかった。しかしそれは
言い訳に過ぎない。
だからその後、水には
痛い思い出がたくさんある。
因果応報は自然界の法則。
話を戻そう。
申し込みに殺到している
群れたちの欲望を両手で
かき分けて出入り口に向かう。
隠れて逃げるように
2人で会場を脱出した。
はじまってからすでに
6時間近くたっており、
時の感覚を失っていた。
ヘトヘトになったので
外は霧のような雨が
降っていたが、
タクシーを待たず歩いて
東京駅の途中にある
立ち食いそばに向かう
ことにした。
鰹節のほんのりした香りが
口いっぱいに広がり鼻腔も
幸せだ。嫌な気持ちを
一瞬で奪ってくれる。
かき揚げそばに七味を
いれながらひつじさんが一言
独り言のようにつぶやく。
「今日はそこはかとなく寂しいね」。
店を出ると小雨が
大粒に変わりはじめた。
さらに激しくなりそうだ。
東京が灰色に濡れていく。
すれ違う人たちがもつ傘に
弾ける雨音をききながら、
2人は都会の魚になって駅に向かった。
ねこ


